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時代別テーマ解説

時代区分 I 1885年に沖縄県が尖閣諸島の調査を行う前

(1) 琉球人に知られていた尖閣諸島

解説動画 前近代の尖閣の海と島 Part2

再生時間 / 00:10:50 YouTube

解説

 この解説動画では、前近代(明治より前)の尖閣諸島周辺の海や島がどう利用されてきたのか検証することで、前近代史に関連した中国政府の独自の主張に根拠がないことを解説します。

  Part1では、琉球と中国の歴史を振り返り、前近代において、琉球の人々が尖閣諸島について具体的な知識を獲得していた事実を紹介します。そして、冊封使(中国の皇帝が各国に派遣した使節)が作成した記録や明代の航海書など、中国政府がその独自の主張の根拠とする資料について検討します。これらは単に、島の名前や海の様子の記載があるだけで、これらを根拠に尖閣諸島を自国領と主張することはできないことを説明します。また、この時代、実際には、琉球人の方が中国(福州)との間を頻繁に行き来しており、その経路の途中にある尖閣諸島についてより具体的な知識を有していたことを示します。

 Part2では、「尖閣諸島を長期的に管轄してきた」という中国政府の独自の主張のうち、「明は倭寇対策のため尖閣諸島を海防範囲に入れていた」、「清朝は明朝の対応を踏襲し、さらに尖閣諸島を台湾地方政府の管轄に編入した」という二つの主張について、明清の時代に編纂された兵法書や海防図、地理書などを確認し、根拠がないことを解説します。そして、前近代の尖閣諸島は、どの国の支配も及んでいなかった無人島であることを指摘します。

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