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南シナ海・東シナ海

コラム 海洋中の群島水域

石井 由梨佳 (防衛大学校人文社会科学群国際関係学科准教授)

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1. スプラトリー諸島における群島水域?

 「海洋中の群島水域」(Mid-ocean archipelago1)とは、国連海洋法条約47条の地理的条件を満たさない島嶼群の外縁に基線を引いたときの内側の水域を指す2

 領海を設定する根拠になる基線については1982年に採択された国連海洋法条約が(1)通常基線、(2)直線基線、(3)群島基線を定める。

 通常基線は「沿岸国が公認する大縮尺海図に記載されている海岸の低潮線」である3

 直線基線は「海岸線が著しく曲折している」か「海岸に沿って至近距離に一連の島(a fringe of islands)がある場所」において、適当な線を結んで引かれる線である4

 群島基線とは「群島」の外縁を結んで引かれる線である。条約上、「群島」とは、島の集団又はその一部、相互に連結する水域その他天然の地形が極めて密接に関係しているため、これらの島、水域その他天然の地形が本質的に一の地理的、経済的及び政治的単位を構成しているか、または歴史的にそのような単位と認識されていることを条件としている5

 そして、条約は、その地理的条件として特につぎのことを定めている6。第1に、群島基線の内側に主要な島があり、かつ、群島基線の内側の水域の面積と陸地の面積との比率が1対1から9対1までの間のものとなることである。第2に、群島基線の長さは、100海里を超えないことである。ただし、いずれの群島についても、これを取り囲む基線の総数の3パーセントまでのものについて、最大の長さを125海里までにすることができる。

 群島国は群島水域(その上空、海底及びその下、並びにそれらの資源)に対して主権を有する7。外国船舶は群島水域において無害通航権を有している8。また、領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚の幅は、群島基線から測定する9。群島国は航路帯と上空における航空路を指定することができ、外国船舶は、継続的、迅速かつ妨げられることのない通過のためのみに通航権を行使することができる10

 今日、群島国は22カ国あり11、2017年の国際法協会(ILA)の報告書によれば、それらの群島基線は概ね47条の地理的条件を充足しているとされる12

 これに対して「海洋中の群島」は、本土である大陸が存在しているなどして、47条が定める水域と陸域の比率要件を満たしていないものを指す13

本土から離れた島嶼群の外縁に基線を引く実践は、デンマークのファロー諸島、エクアドルのガラパゴス諸島など、ノルウェーのスヴァルバード諸島、スペインのカナリア諸島、ポルトガルのアゾレス諸島など、国連海洋法条約が締結される前にも、実例が存在している。

 近年、この概念が問題になるようになった背景には、中国がスプラトリー諸島の外縁に基線を引くことができるという主張が中国の研究者によって提唱されるようになったことがある14。2019年、大陸棚限界委員会におけるマレーシアの延長大陸棚申請に対して、中国政府が異議を申し立てている。その中で、中国が「大陸国が海洋中の群島に基線を引く、国際法で確立した長年の実践が尊重されるべき」と述べている15

註1

他に “outlying archipelago” あるいは “off-shore archipelago”ともいう。中国語は「洋中群島」。

註2

United Nations Conventions on the Law of the Sea, adopted on 10 December 1982, entered into force on 16 November 1994, 1833 UNTS 3[UNCLOS].

註3

Ibid., Article 5.

註4

Ibid., Article 7(1).

註5

Ibid, Article 46(b).

註6

Ibid., Article 47.

註7

Ibid, Article 49.

註8

Ibid, Article 52(1)

註9

Ibid, Article 48.

註10

Ibid, Article 53(1).

註11

アンティグア・バーブーダ、バハマ、カーボ・ベルデ、コモロ諸島、ドミニカ共和国、フィジー、グレナダ、インドネシア、ジャマイカ、キリバチ、モルディブ、マーシャル諸島、モーリシャス、パプア・ニューギニア、フィリピン、サントメ・プリンシペ、セーシェル、ソロモン諸島、セント・ヴィセント・グレナディス諸島、トリニダード・トバゴ、ツバル、バヌアツである。International Law Association (ILA) Report, "Archipelagic States Practice," drafted by Ashley J. Roach on 20 June 2017, available at https://ila.vettoreweb.com.

註12

ILA, Conference Report Johannesburg 2016, available at http://www.ila-hq.org/index.php/committees. C. G. Lathrop, "Baselines," in Oxford Handbook of the Law of the Sea, ed. Donald Rothwell (Oxford University Press, 2015), 69.

註13

Sophia Kopela, Dependent Archipelagos in the Law of the Sea (Martinus Nijhoff, 2013), 5.

註14

詳細は、石井由梨佳「海洋安全保障と法の支配:「海洋中の群島水域」概念を素材に」日本国際問題研究所『平成30年度外務省外交・安全保障調査研究事業・インド太平洋地域の海洋安全保障と『法の支配』の実体化に向けて』76頁、 https://www2.jiia.or.jp/pdf/research/H30_Indo_Pacific/; Yurika Ishii, "A Critique Against the Concept of Mid-Ocean Archipelago," in Tamada Dai & Keyuan Zou (eds.), Implementation of the United Nations Convention on the Law of the Sea (Springer, 2021), 133参照。

註15

Commission on the Limits of the Continental Shelf (CLCS), China, Communication dated 18 September 2020, CML/63/2020, para. 3, https://www.un.org/depts/los/clcs_new/submissions_files/mys_12_12_2019/2020_09_18_CHN_NV_UN_009_e.pdf. 原文は次の通りである。

2. 「海洋中の群島水域」の法的評価

 海洋中の群島水域を支持する見解は、(1)国連海洋法条約では説明がつかない「法の空白」があるということ、もしくは(2)国連海洋法条約から独立した慣習国際法上の制度が認められることを根拠としている。以下では、条約の性質上、いずれの主張も認められないことを示す。

 第一に、国連海洋法条約の「域別規制」は、その性質上網羅的である16 。すなわち、全ての海域は条約が定めているいずれかの海域(内水、領海、EEZ、大陸棚、群島水域、公海、深海底)に収まるように定義されている。そのように解さなければ、沿岸国の「拡大する管轄権」(creeping jurisdiction)を許容することになってしまい、それぞれの海域の定義、および、一括受諾方式17をとったことを無意味にするであろう18。この点は、南シナ海仲裁判決でも指摘されている 19

 確かに、群島水域の創設を促したのは1970年代から1980年代に多くの島嶼国が独立をし、その法的地位の向上を求める動きであった。植民地支配時代、宗主国はこれらの島嶼国の特別な法的な地位には関心を払わず、むしろ、それらの島嶼国の局地的な利益よりも、航行の自由を重視した20。そこでそれに対抗するために、第3次国連海洋法会議の際には、フィジー、モーリシャス、インドネシア、フィリピンが、天然資源の衡平な配分を主張して、特別なレジームを創設することを主張した経緯がある。群島水域の制度は、経済発展と結びついていたといえる21。また、それゆえに大陸本土がある国の島嶼群、すなわち海洋中の群島水域の制度は、採択されなかったのである22。ただし、国連海洋法条約の中には、選択的に創設された制度は他にもある23。このような背景は、条約解釈それ自体には影響をもたらさない。

 さらに、2016年の南シナ海仲裁判決において、国連海洋法裁判所第VII付属書仲裁法廷が、次の判断を示している。この事件では、仲裁法廷がフィリピンの請求に管轄権を有するかを判断する際にスプラトリー諸島の所定の地形が121条1項の島であるのか121条3項の岩であるのかが問題になった。その際、中国が自国はスプラトリー諸島全体に対して領海、EEZを設定することができ、大陸棚を有するという見解を示したため24、仲裁法廷はその主張が根拠を有するかを検討した。

 まず、法廷は、中国が大陸を有していることから群島国の要件を満たさず群島基線を引くことができないことを指摘する。また、フィリピンがスプラトリー諸島全体に基線を引くことも、陸域と水域の比率要件を充足しないので認められないという。従って、47条の適用は否定されることになる。

 そして仲裁法廷は、次の理由から「(直線基線に関する)条約7条をスプラトリー諸島に適用して直線基線を引くことは条約に違反する」という25。まず、7条が規定する地理的条件は、海洋中の群島を含まない。海洋法条約は7条が規定する場合以外に直線基線を引く可能性を排除しないが、7条の一般的規定と、47条の条件付き許容規定からは、それ以外の場合における可能性を排除するという。それ以外の解釈は、7条と47条の条件を無意味なものにしてしまうからである。また、この規則からの逸脱が、国連海洋法条約の明示的規定からの離脱を許容する、新しい慣習国際法を形成したという証拠は見当たらないという。

 以上のことから、条約に根拠を持たない海洋中の群島水域は、認められるべきではない。

註16

In The Matter of The South China Sea Arbitration, The Philippines v. People’s Republic of China, PCA Case N 2013-19, 12 July 2016 [South China Sea Arbitration], para. 246.

註17

UNCLOS, Article 309.

註18

R. Robin Churchill, "The 1982 United Nations Convention on the Law of the Sea," in Oxford Handbook of the Law of the Sea, ed. Donald Rothwell (Oxford University Press, 2015), 24.

註19

South China Sea Arbitration, para. 246.

註20

Ram Prakash Anand, "Mid-Ocean Archipelagos in International Law: Theory and Practice," Indian Journal of International Law 19 (1979).

註21

Kopela, Dependent Archipelagos in the Law of the Sea, 26-27.

註22

Shigeru Oda, The Law of the Sea in Our Time Ii (Sijthoff, 1977), 156.; GA Official Record, 27th Sess. Supp. No. 21 (A/8721) Chap 1, para. 23.

註23

One could easily come up with the instances of the coastal state’s rights over the contiguous zone and the definition of a strait where transit passage regime applies. For the former example, see Shigeru Oda, "The Concept of the Contiguous Zone," International and Comparative Law Quarterly 11 (1962).

註24

South China Sea Arbitration, para. 571. 中国は2016年の白書で「中国は、南海諸島(四沙)を基点とした内水、領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚を有する」と述べたので、裁判所はこの点を検討した。

註25

In The Matter of The South China Sea Arbitration, The Philippines v. People’s Republic of China, PCA Case N 2013-19, 12 July 2016 [South China Sea Case], para. 575.

3. 終わりに

 「海洋中の群島水域」概念は、中国が追求している海洋権益の一部に過ぎない。しかし、この素材は過剰な権利主張に対して国際社会における「法の支配」がどのような役割を果たしうるのかを示す好例である。

 クロフォード(James Crawford)は、国際社会における「法の支配」は(1)法の外にいる者がいないこと、(2)他者に対して説明責任が果たせるほどには,民主主義的であるということ、(3)特に安保理といった,制度化された権力が法の制約に服すること、(4)国際社会の憲法のようなものが存在すること、(5)社会が治癒ができないほど不正ではないことを含意していると述べている26。地域の大国による海上権益の過剰な主張がなされるとき、それが国際法規則上確立している譲れない一線を超えないようにすることが肝要である。

〔付記〕本コラムは石井由梨佳「海洋安全保障と法の支配:「海洋中の群島水域」概念を素材に」日本国際問題研究所『平成30年度外務省外交・安全保障調査研究事業・インド太平洋地域の海洋安全保障と『法の支配』の実体化に向けて』76頁を,内閣官房領土・主権対策企画調整室の委託事業による研究・解説サイトのため、 改稿したものである。なお、英語版は以下でダウンロード可能。
https://www.cas.go.jp/jp/ryodo_eg/kenkyu/senkaku/chapter04_column_02.html

註26

James Crawford, Chance, Order, Change: The Course of International Law (Brill, 2014), 342.

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