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総合的論点

コラム 「領有権をめぐる問題」における地図の機能 ―国際裁判での取扱いを中心に―

中野 徹也 (関西大学)

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1. 「領有権をめぐる問題」とその解決基準

 国家領域は、領土、領水および領空から成り、国家はこれらに対して主権を行使することができる。統治を行う権利や領域を処分する権利など、領域にかかわる権利は、特に領域主権または領有権と呼ばれている。

 日本は、韓国との間で、「竹島の領有権をめぐる問題」が生じているとの立場である1。上記に照らしてみれば、「領有権をめぐる問題」とは、領域主権を行使できる範囲について、関係国間で見解が一致しないことから生じる問題である。

 このような問題について、国際法は、主に領域権原に関する規則をもって対応してきた。領域権原とは、一定の陸地について、領域主権を有効に行使できる原因または根拠となる事実のことである。伝統的に、原始権原または歴史的権原、先占、時効、割譲、併合、添付および征服が領域権原の様式として認められてきた。しかし、伝統的な領域権原の様式は「権原および権原保持者が対象領域に対して一つの権原を設定する体系」2である。竹島問題のように、複数の国が同一の領域に対して権原を主張するような場合を想定して用意された解決基準ではなかった3。また、「領有権をめぐる問題」は、事実関係の複雑さと多様性により発生することが多い。たとえば、先占が主張される場合、対象地域が無主地だったのか、それとも他国の領域だったのか、さらにはどの国が実効的支配を行ってきたのか、これらを決定する際に必要な事実関係を認定するのはきわめて困難である4

 それゆえに、「領有権をめぐる問題」を付託された国際裁判所は、独自の基準を提示し、対処してきた5。その嚆矢が、1928年のパルマス島事件で、単独仲裁人が示した「領域主権の継続的かつ平穏な行使」という権原である6。また、国際司法裁判所は、マンキエ及びエクレオ事件で、この問題は、これらの島嶼の占有に直接関係する証拠7、すなわち「国家機能の表示」や「主権者として行動する意思」に相当する証拠に照らして、係争島嶼の帰属先を判断した8

註1

日本外務省「竹島の領有権に関する日本の一貫した立場」(2021年2月15日閲覧)

註2

許淑娟「領域権原論再考(1)」国家学会雑誌第122号1・2号、36頁。

註3

柳原正治『国際法』(放送大学教育振興会、2014年)106頁、酒井啓亘「国際裁判による領域紛争の解決」『国際問題』624号(2013年9月)11頁、許淑娟「領土帰属法理の構造―権原とeffectivitéをめぐる誤解も含めて」『同上』23頁、濱川今日子「尖閣諸島の領有をめぐる論点」『調査と情報』第565号2頁。

註4

柳原『前掲書』(注3)106頁、太寿堂鼎「竹島紛争」同『領土帰属の国際法』(東信堂、1998年)139-140頁。

註5

G. Distefano, “The Conceptualization (Construction) of Territorial Title in the Light of the International Court of Justice Case Law,” Leiden J.I.L., Vol. 19 (2006), p. 1048.

註6

Island of Palmas Case (Netherlands/United States of America), Award of 4 April 1928, RIAA, Vol. II (1949), p. 839.

註7

The Minquiers and Ecrehos case, Judgment of November 17th, 1953 : I.C. J. Reports 1953, p. 57.

註8

Ibid., pp. 60-72.

2. 地図の機能

(1)総説

 「領有権をめぐる問題」を抱える諸国は、地図を「領域主権の継続的かつ平穏な行使」、「国家機能の表示」または「主権者として行動する意思」を直接的にまたは間接的に立証するに足る証拠の一つと位置付け、その収集に力を入れてきた。そして、このような問題が国際裁判に付託された場合、当事国は、さまざまの種類の地図を提出する。

 とはいえ、国際裁判所は、「領域主権の継続的かつ平穏な行使」などの権原の存否を判断するにあたって、地図が、かかる権原の存在を立証するに足る直接の証拠となりうるのは、それが領域の帰属に関する条約などの公式文書に不可分の一部として添付されている場合だけである、との立場を示してきた。かかる地図は、関係国の意思表示たる文書の中に組み込まれているので9、当該文書と同一の効力を有し、それと一体のものと考えることができるからである10

 このきわめて限られる場合を除けば、原則として、地図だけで、または地図が存在するという事実だけで、領域権原が確立することは決してない。地図は、地図によらない手段により到達した結論を補強する二次的な証拠にとどまり、単体で領域の帰属を左右する証拠とみなされることはない11。さらに、二次的な証拠としての価値も、出所、一貫性、紛争当事国の対応および作製時期などの諸要素によって変動する。

(2)証拠としての価値に影響を及ぼす諸要素
① 出所

 国家機関が作製し、出版した公式地図と、国家機関の後援の下で、または国家機関から公式の許可を得て作製され、出版された準公式地図は、注意深く収集した情報にもとづき作製されたと考えられるので、その証拠としての価値は、比較的高く評価されてきた。たとえば、パルマス島事件判決では、かかる地図の証拠としての価値の高さが示唆されている12。クリッパートン島事件判決は、「公的な性格を確認できない」という理由で、メキシコが援用した地図を重視しなかった13

 もっとも、公式地図であっても、絶対に信頼できるものとは限らず、また客観的に正確とも限らない14。特に、紛争当事国が、紛争発生後に係争領域について作製する「公式」または「準公式」の地図の証拠としての価値は、紛争発生前に作製されたそれらに比べれば低くなる。そのような地図に、自国に不利な内容を表示することはまずないからである15。紛争当事国ではなく、中立の機関が作製した地図に、証拠としての価値が認められるのも、同様の理由による。かかる機関は紛争当事国との利害関係がないため、信頼に足る客観的な情報が掲載されていると考えられるからである16

 私人が作製した私的地図の証拠としての価値は低く、その分野の専門家として高名であることなど、作製者の地位から、特に高い信頼性を備えていると考えられる場合をのぞけば17、審査対象にすらならないことも少なくない。

 出所不明の地図は、その表示と矛盾する法的関連事実が存在する場合、その地図がどれほど多く発行されていようとも、また一般に高く評価されていようとも、証拠としての価値は低くなる18

註9

Diffërend frontalier, arrêt, C.I.J. Recueil 1986, p. 582, par. 54. See also, Decision regarding delimitation of the border between Eritrea and Ethiopia (hereinafter referred to as Eritrea and Ethiopia case), Reports of International Arbitral Awards, Vol. XXV, pp. 113-114, paras. 3.18, 3.20.

註10

See also, Marcelo G. Kohen and Mamadou Hébié, ‘Territory, Acquisition’, in Rüdiger Wolfrum (ed.), The Max Planck Encyclopedia of Public International Law, Vol. IX, Oxford University Press, 2012, pp. 888-889, para. 3.

註11

Diffërend frontalier, arrêt, supra note 9, pp. 582-583, pars. 54, 56. 深町朋子「領土帰属判断における関連要素の考慮」『国際問題』624号(2013年9月)40-41頁、荒木教夫「領土・国境紛争における地図の機能」『早稲田法学』74巻3号(1999年)23-24頁、V. Prescott and G. D. Triggs, International Frontiers and Boundaries: Law, Politics and Geography, Leiden: Martinus Nijhoff, 2008, p. 192.

註12

Island of Palmas Case, supra note 6, pp. 852, 854, 861-862.

註13

Clipperton Island Case (1931), RIAA, Vol.II, p. 1105.

註14

Dispute between Argentina and Chile concerning the Beagle Channel (hereinafter referred to as Beagle Channel case), RIAA, Vol. XXI, pp. 164-165, para. 138.

註15

荒木「前掲論文」(注11)9頁。

註16

Diffërend frontalier, supra note 9, p. 583, para. 56.

註17

Ibid., pp. 171-172, paras. 148-149.

註18

Island of Palmas Case, supra note 6, p. 853.

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