地下水とは
地表水と地下水
一般的に行政で取り扱う範囲の水循環は、大きく地表水と地下水に分けられます。
地表水とは
- 地表水は、渓流や川のように地上を流れていたり、貯水池、ダムなどに貯められている水です。
- 地表水は、重力により、標高の高いところから低いところに向かって流れます。
地下水とは
- 地下水は、雨が地表面から地中に浸透して、土の中の隙間の部分に存在する水です。
土の中の隙間を全て地下水で満たしている場合を飽和状態とよびます。
地表近くなど、土の中の隙間に水と空気が両方ある場合を不飽和状態といい、その場合、不飽和状態の部分の水を土壌水と呼ぶ場合もあります。 - 地下水は、重力だけでなく圧力によって流れる場合もあり、場所によっては下から上への流れもあります。
- 例えば、谷や崖下の湧水のように水が地表面に湧き出ている場所では、地下水が深いところから浅いところに向かって流れている場合があります。
地下水は、地形や地下の地質、圧力(水圧)などの条件により、三次元的に流動します。
地表水と地下水の一体的な循環
- 地表水と地下水は、全く異なる場所の、特性も違う流れですが、その時に「水」が存在している場所によって呼び方が異なるだけであり、実際には「水」として循環している一連の流れの一部で、同じものです。
- 例えば山に降った雨は地表面から浸透し、地下水として流動した後に、湧水として再び地表面に湧出し、そこから谷に沿って、渓流や河川として地表面を流下するといった流れがあります。
河川が山地から扇状地に流出すると、河川水の一部は地中に再度浸透して地下水となって流動し、また河川水の一部はかんがい用水として農地に流されて、そこから地中に再度浸透して地下水となる場合もあります。
扇状地から平野に地中をゆっくりと流動した地下水の一部は河川に流出し、河川水として海に流出したり、河川に流出しなかった地下水の一部は、そのまま地下水として海に流出したりします。
留意点
- 便宜的に、水循環を地表水と地下水に分けて議論する事は多いですが、実際には、どちらも一連の水循環系の一部であり、地表水に関する施策や事業が地下水に、また地下水に関する施策や事業が地表水に相互に影響を及ぼす可能性が大きいということに、留意する必要があります。
循環の早さ
循環の早さ
- 地表水の流れる速さは、一般に毎秒1cm~数10cm程度(1日に1km~数十km程度)です。
- 地下水の流れる速さは、速くても毎秒0.01cm~0.1cm(1日に10m~100m程度)、土壌や地質条件によっては毎秒0.001cm未満(1日に1m未満)の場合もあります。
循環にかかる時間のイメージ
- 河川の最上流から海に到るまでは、長くても数日程度です。
- 地下水の循環にかかる時間は、循環の経路により大きく異なり、浅い局所的な循環と、広域や深部の大きな循環では桁違いとなります。
水田から浸透した水が地下水となって、近くの崖下で湧出するまで数ヶ月から数年程度、山に降った雨が浸透して、浅い地下水となって近くの沢などに湧き出てくるのに数年、山に降った雨が地下水となって、そのまま低地まで流れてくるのに数年から数十年、上流域の山で深く潜った地下水が海岸付近まで達するには、早くても20年から30年、あるいは50年以上の長い期間を要する場合もあります。
水質汚染による影響の表れ方の違い
- 循環の早い河川に汚濁物質が流出した場合は、数日程度で流され、その影響は早く広く下流域に拡散します。
- 循環の遅い地下水に汚濁物質が流出した場合、その影響は数年、数十年かけて徐々に下流域に伝わる場合があり、影響の表れ方が河川の場合と大きく異なります。
留意点
- 調査や検討の対象とする地下水が、どういった場所や深さの流れなのかによって、考えるべき時間スケールや、必要な調査期間、適切な観測間隔などは大きく異なるということに、留意する必要があります。
流動量(循環量・水収支量)と貯留量(賦存量)
循環量と貯留量
- 地表水は、ダムなどに溜めている貯留量よりも、流れ続けている河川の流量、例えば1ヶ月あるいは1年間に循環する流量の方がはるかに大きいという特性があります。
- 地下水は、流れが非常に緩やかで、水の循環に長い期間が必要なため、数ヶ月あるいは数年間程度の短期間で考えると、循環する量よりも地下に溜まっている貯留量の方が、はるかに大きいという特性があります。
この貯留量を「地下水賦存量」とよび、地下水資源を評価する指標の一つとされています。
取水利用による影響の表れ方の違い
- 河川の水を一時的に大量に取水しても、循環が早いため数日程度で水位も流量も回復します。
- 地下水は、循環している量が比較的小さいため、循環量の規模をはるかに超える大量の地下水を取水すると貯留部分の水が減少することになり、地下水位の低下や、周辺井戸への影響を生じることがあります。
流動量(循環量・水収支量)と貯留量(賦存量) 渇水時
渇水時の状況
- 渇水になると、地表水ではダムや河川の水が少なくなり、水道水源などに優先的に割り当てる場合があります。
- また、降雨不足による地表からの浸透量の減少や、渇水に伴う地下水利用の増加などにより、地下水位が低下する場合があります。地下水位が低下すると、浅い井戸で取水が困難になったり、地盤沈下や塩水化などの地下水障害を引き起こす場合もあります。
季節変化における地下水位の回復
- 地表水の場合には、渇水のためにダムの貯水量が枯渇するような事態も生じますが、地下水の場合には通常の利用量に比べれば貯留量が大きく、短期間で枯渇するような事態には比較的なりにくいといえます。
そのような背景から、例えば、「冬に雪を溶かすために多量の地下水を汲み上げて地下水位が多少低下しても、春先の田植えの時期から梅雨にかけて水田の湛水や降雨による浸透・涵養等で地下水位が回復するといった形で、地下水の収支がどうなっているのか詳しくはわからないものの、年間でそれなりにバランスが取れて長年問題なくやってきた」といった地域もあります。
留意点
- しかし、気候変動などにより雨や雪の降り方が変わってきたため、従来からの経験則では対応できなくなることが想定されます。
- 地域の資源として地下水を安定して活用するためには、渇水時にも利用し続けられるのか、既存井戸に取水障害を生じないかなどに、従来以上に配慮が必要となってきています。
- 地下水の実態を把握し、地下水の取り扱い方を地域全体で考え、地下水利用あるいは地下水保全に係る様々な関係者の相互理解と合意のもとに、適切なマネジメントを行うことが有用です。
地下水の水質
地下水の水質の特性
- 地下水の水質は、長い年月をかけて変化するものであり、変化の様子は、地質や地形、土壌、植生などの場の条件により異なります。
地下水の水質の例
- 例えば、地下水を汲み上げて市販されているミネラルウォーターのミネラル成分には、カルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウムなどがあります。これらの成分は、地下水が長い時間をかけて地中を流動する間に、水と岩石や鉱物とが接触し、相互作用により取り込まれたもので、地下水にイオンの形で含まれています。
他にも、塩化物や重炭酸などのイオンや、二酸化ケイ素などの成分も流動とともに取り込まれたり、あるいは地下水から地中に出ていき、その結果として、地下水の水質が形成されます。
地下水の水質の傾向
- 一般的には、地中の比較的浅い部分を流動して、岩石や鉱物との接触時間が短い地下水には、他の成分と比較して、カルシウム成分が相対的に多く含まれる傾向があります。
一方で、地中の深い部分を長い時間かけて流動して、岩石鉱物との接触時間が長い地下水には、ナトリウムやカリウムが相対的に多く含まれる傾向があります。
地下水の水質の活用
- 地下水の水質の特性を利用して、地質条件や地形条件によっては、地下水の水質の分布から、涵養域等を推定できる場合もあります。
例えば、ある涵養域から流動してくる地下水と、別の涵養域から流動してくる地下水との間で、地下水の成分が大きく異なっていれば、取水利用しようとしている地下水の成分と照合することにより、水源がどこにあるのかといった情報を得られる場合があります。
地下水の種類(深さによる区分)
地域の地下水マネジメントで主な対象とする地下水
- 地下水には、岩盤の亀裂や割れ目などを流動する裂か水(れっかすい)や、石灰岩の鍾乳洞の中を流れるものなどもありますが、地域の地下水マネジメントを考える際には、主に、砂や礫など、比較的水を通しやすい層の地下水を対象とします。
浅い地下水と深い地下水
- 「浅い地下水と深い地下水」、あるいは「浅層地下水と深層地下水」という言い方をする場合があります。目安としては、概ね20~30m程度よりも浅い地下水を浅層地下水、50~60mよりも深い地下水を深層地下水と呼ぶことが多いですが、明確な深さの定義があるわけではありません。
地下水の種類(地層の状況による区分)
帯水層と難透水層
- 砂や礫砂利などの「比較的地下水が流れやすい地層」、言い方を換えると「地下水を通しやすい地層」のことを帯水層(たいすいそう)とよびます。
一般に、地下には、浅い帯水層や深い帯水層など、複数の帯水層があり、帯水層と帯水層の間は、粘土層などの水を通しにくい「難透水層」と呼ばれる地層により分け隔てられています。
不圧帯水層と被圧帯水層
- 降水や河川水、貯水池等の水が地表面から浸透してそのまま地下水となるような、地表面付近の「浅い」帯水層などを不圧帯水層、また、ここを流れる地下水を不圧地下水とよびます。
- 地表面付近の帯水層と難透水層で分け隔てられている「深い」帯水層などで、帯水層が地下水で満たされており、上部の難透水層との境界面に上向きに水圧がかかっているような圧力状態の帯水層を被圧帯水層、また、そこを流れる地下水を被圧地下水とよびます。
一般には、被圧地下水は標高の高い山地などにつながっており、山地などで地表から浸透してきた水が地下水となり、被圧帯水層の中を平野部まで流動しています。このため、被圧地下水には、水源域の高い標高に相当する高い水圧がかかっています。
下流の平野部で被圧帯水層まで井戸を掘削すると、高い水圧のため、地下水位が地表面より高く、水が湧き出たり噴出する場合があり、このような井戸を「自噴井(じふんせい)」とよびます。
深い不圧帯水層、宙水
- 「深い」帯水層の場合でも、その帯水層の上部に難透水層がなく帯水層が地表までつながっている場合、あるいは、帯水層が満杯ではなく地下水面がある場合には、被圧されていないため不圧帯水層であり、ここを流れる地下水は不圧地下水となります。
- 帯水層の中の限られた範囲に粘土層などの難透水層が存在し、その難透水層の上に地下水が溜まって存在する場合に、この地下水を「宙水(ちゅうすい)」と呼びます。
宙水は、他の地下水とはつながりがなく、粘土層の上の限られた場所に形成されるため、渇水が続くと雨水による水の供給が途絶えて、消失する場合があります。
地下水の流れ
地下水の流れる速さ
地下水の流れの速さ
- 地質・地下水調査等の資料で「地下水の速さ」と記されている場合、【実流速(土粒子の隙間を水が通り抜ける実際の速さ)】ではなく、慣例的に【見かけの流速(単位面積を単位時間当たりに通過する流量)】で示している場合が一般的です。
- 見かけの流速は、流量(m3)を通過断面積(m2)と時間(sec)で割ることにより、m3/m2・sec、つまりm/secのように流速の単位となるもので、これをダルシー流速と呼びます。
- 【実流速(土粒子の隙間を水が通り抜ける実際の速さ)】は【見かけの流速(ダルシー流速)】を間隙率(土粒子断面における隙間の割合)で割った値となり、例えば間隙率(隙間の割合)が0.2なら【実流速】は【見かけの流速(ダルシー流速)】の5倍となります。
地層、勾配による違い
- 粗い砂や砂利のようなもので構成される砂礫層や礫層などの地層では、「間隙」と呼ばれる地層中の隙間の部分が大きいため、水が通過しやすく、見かけの流速は早くなります。
一方、細かい砂などで構成される砂層や細砂層などの地層では、地層中の隙間の部分が小さいため、水が通過しにくく、見かけの流速は遅くなります。 - 地表水と同じように、地下水も勾配が大きくなれば早く流れます。
- 地表面付近の浅い不圧地下水の場合、地下水面は地形面に平行に近い状態になることが多いため、地形勾配が急であれば、地下水面も急勾配であることが想定されます。
一方、深い地下水、特に被圧地下水の場合、帯水層を満たしている地下水は、上流側と下流側の水圧の差で押し流されている状況のため、必ずしも地形面の勾配と同じ傾向にはなりません。
地下水の流れの速さの求め方
- 地下水の見かけの流速(ダルシー流速)は、「帯水層の水の通りやすさ」×「地下水の勾配」となります。ここで、帯水層の水の通りやすさを「透水係数」、地下水の勾配のことを「動水勾配」とよび、【透水係数×動水勾配】で地下水の見かけの流速(ダルシー流速)が求まります。
地下水の流速の例
- 例えば、粗い砂や砂利の礫層で、水の通りやすさを示す透水係数が毎秒100分の1cm程度の場合を考えます。
ここで、地形の勾配が100分の1、つまり100mの水平距離で1mの高低差がある地域で地下水面の勾配も100分の1とみなすと、帯水層の地下水の見かけの流速(ダルシー流速)は、【毎秒100分の1cm×0.01=毎秒0.0001cm】と求められます。
これを1日あたりに換算すると1日10cm弱程度、1年間でも30m強程度となります。 - 仮に、平野で勾配が緩く1000分の1程度、又は、細かい砂の層で透水係数が毎秒1000分の1cm程度であれば、地下水の見かけの流速(ダルシー流速)は10分の1程度で、1年間に3m程度となります。
- 透水係数と動水勾配の組み合わせにより、地下水の見かけの流速(ダルシー流速)は、1年間で数cm~数kmにもなり、大きな幅があります。
(参考:川の流れは1秒で数十cm程度、1日で数十km)
留意点
- 地下水の見かけの流速(ダルシー流速)は、帯水層の特性や、地下水の勾配などにより、百倍も千倍も異なるというオーダースケールの話になるため、地下水が循環する時間を考える際にも、現地条件によって考えるべき時間スケールが大きく異なるということに、留意する必要があります。
地下水の流れの方向を知る方法
地下水の流れの方向を知る方法
- 地下水の面的な流れの方向を知るためには、3箇所の地下水位を計り、3点を結ぶ平面を考える方法があります。
地下水位の分布図
- 河川の水は高いところから低いところへ一方向に流れますが、面的な地下水の流れの方向を知るためには、その場所における地下水の勾配の方向を知る必要があります。
地表の標高の等高線図と同じように、地下水の水位の等高線図があれば、等高線と直角方向が流れの勾配の方向と分かり、等高線が密であれば勾配が大きいと分かります。
これを地下水位等高線図、または地下水位分布図とよびます。
地下水位分布図の書き方
- 地下水位分布図を描くためには、できるだけ多くの箇所の、できるだけ同じ時期の地下水位の観測値を得る必要があります。
それぞれの観測箇所の地下水位を入力してGIS等のソフトウエアの機能で等高線を引くと、観測値の無い描画範囲端部にも等高線が引かれたり、観測点を中心とする窪地のような地下水位が表現される場合があります。
また、観測点が分布する範囲の外側の地下水位を外挿で求める場合には、あくまで推定である点に注意が必要です。
地下水位のデータは所々でしか得られていない場合が多く、これらをもとに等高線図を描いても、必ずしも正確ではない箇所がある点に留意する必要があります。
人工的な流れ
揚水による人工的な流れ
- 井戸から地下水を汲み上げることにより、人工的な地下水の流れが生じます。
- 例えば、ある場所で地下水を汲み上げると、そこで地下水面の低下が起こり、これがある範囲に拡がります。
この地下水面の低下の様子は、ちょうど円錐を逆さにしたように見えるので、これを地下水の降下円錐と呼び、そこに周辺から地下水が集まる人工的な流れを生じます。
地下水を大量に汲み上げたために降下円錐の影響が広範囲に及んだり、汲み上げる井戸の本数が多く密なために降下円錐の影響が重ね合わさる場合には、地下水位の低下により近隣井戸の取水に支障を生じることもあります。
その他の人工的な流れの例
- 浸透や地下水涵養によっても人工的な流れを生じます。
- 人工的な流れは井戸だけで起こるわけではなく、例えば、冬場の水田に水を張って、水を浸透させて地下水への涵養を生じさせる場合には、水田の下の地下水面が周囲よりも高くなり、水田の直下から周辺に向かう地下水の人工的な流れを生じます。
地下水の流れやすさを知る方法
人工的な流れで水の通りやすさを知る試験方法
- 地下水を利用するにあたり、どの程度の流量が流れているのかを推定したい場合や、どの地層を取水対象とするのが最も汲み上げやすいかなど、地下水の流れを把握したい場合には、最も基本的な情報として、地層中の地下水の流れやすさを知る必要があります。
そこで、人工的な地下水の流れを作ることにより、地層中の水の通りやすさを知る方法があります。 - 単孔式現場透水試験とよばれる、1本のボーリングで地層の水の通りやすさを調べる方法があります。
例えば、①ボーリングの最深部を地下水が出入りできるようにしておく、② 次に、ボーリング内から水を抜いてボーリング内の水位を人工的に一旦低下させる、③ その後、周辺から地下水が流入してきて水位が回復する時の水位上昇の速さから地層の水の通りやすさ(透水係数)を評価する、といった方法があります。 - 揚水試験(多孔式現場透水試験)とよばれる、複数のボーリングを用いて地層の水の通りやすさを調べる方法があります。
「揚水井」とよばれる井戸から地下水を汲み上げながら、周辺の「観測井」とよばれる複数の井戸で地下水位の低下の様子を観測します。この時の「揚水量と地下水位との関係」から、地層の水の通りやすさなどを評価する方法があります。
試験方法の適用性
- 単孔式現場透水試験は、あまりに水の通りやすい地層の場合には、水を抜いてボーリング内の水位を人工的に一旦低下させようとしても直ぐに水位が上昇したり、水位が低下しなかったりするため、本来、砂礫層や礫層には適用できません。
一方、揚水試験は、水の通りやすい砂礫層や礫層にも適用できます。
留意点
- 単孔式現場透水試験では、ボーリング内外に地下水が出入りしている箇所近傍の局所的な透水係数しか得られません。このため、同じ帯水層で実施したとしても、場所により桁レベルで大きく異なる結果となる場合があります。
揚水試験では、試験を実施している区間に分布している帯水層の平均的な透水性を評価でき、また、複数の井戸で実施しているため比較的精度が高く、また、揚水による影響がどの程度の時間で周辺に及ぶのかといった分析も可能です。
水利用と地下水
地下水の取水利用
地下水利用の初期
- 地下水の利用は古くから行われており、弥生時代の遺跡からも井戸の跡が発掘されています。
地下水利用の発展
- 掘削機械の無かった古い時代には、例えば、崖下に湧き出てくる湧水を使ったり、すり鉢状の穴の底に浅い井戸を掘って地下水を汲み上げる「まいまいず井戸」などの手掘り井戸が作られていました。
江戸時代に入ると、地面を突いて穴を掘る金棒掘りや上総(かずさ)掘りが広がり、掘削の深さも500mに達して、自噴する深井戸も普及します。
大正に入ると技術が進み、のみ先のビットがついた鋼管をモーターで回転させながら掘進するロータリー式掘削工法が導入され、1000m以上の井戸も設置可能になり、深い地下水の利用が始まりました。
地下水利用による障害と対応の経験
- 第二次世界大戦後から高度成長期にかけて、地下水の過剰な揚水により、多くの地域で地盤沈下や塩水化といった地下水障害が生じました。
その後、長年にわたる揚水規制により、多くの地域で地盤沈下などは沈静化しています。
このような過去の経験を活かし、再び過剰揚水で地下水障害を生じることがないように留意しつつも、地下水の保全と利用のバランスを取りながら、地域の資源として地下水の持続的な活用を図る時代を迎えています。
水利用に影響
取水利用による影響の範囲と表れ方
- 河川は、上流から河口まで一続きでつながっている一方向の流れです。
このため、ある場所で支川が合流すればその分の流量が増え、ある場所で取水されればその分の流量が減り、それらの増えた量や減った量は、その場所から河口までの全ての区間にそのまま影響します。
例えば、上流域に川の水を取水する浄水場などを設置すると、その分、河口まで一律に川の流量は減少します。 - 地下水は、地形や地質などの条件により、あらゆる方向に動きます。
このため、ある場所で取水した場合に、取水する帯水層の広がりや、その帯水層における地下水の循環量などにより影響が及ぶ範囲や影響の程度は異なります。
大規模な取水をしても、取水に伴い地下水流動状況が変化し、循環量が増加して十分な地下水の補給が得られる場合には、取水箇所周辺における地下水位低下等の影響範囲は狭い場合もあります。逆に、取水規模は小さくても地下水の補給が少ない場合には、取水箇所の周辺で地下水位低下等の影響を広く生じる場合もあります。
地域における地下水の循環量を調査し、また、取水に伴う地下水流動状況や地下水循環量の変化を推定し、その範囲内で利用する、あるいは、過去に支障を生じなかった取水量等を参考に、地下水位の変化などをモニタリングしながら大きな変化を生じない範囲で利用することが、持続的な利用を確保する上で有用です。
地下水の取水利用による影響と対応の例
- 地下水の取水利用による影響は様々であり、また、対応の仕方も様々です。
- 既存井戸の近隣に新設井戸を設置して取水開始した場合の、既存井戸の取水能力への低下(井戸干渉による水の奪い合い)
⇒対応【適切な距離を離して設置し、適度な取水を行う】 - 帯水層の地下水循環量に比べて大量の取水を継続した場合の、同じ帯水層から取水している下流側井戸への影響
⇒対応【帯水層の地下水位が経年的に低下し続けない範囲で取水する】 - 海岸部における地下水揚水による海水の陸側への引き込み(塩水化)
⇒対応【地下水を引き込むような場所や量での取水を避ける】 - かつてない水準まで地下水位(深層地下水の場合は地下水の水圧)が低下して生じる地盤沈下
⇒対応【原因を把握して、大幅な地下水位(地下水の水圧)の低下を避ける】
- 既存井戸の近隣に新設井戸を設置して取水開始した場合の、既存井戸の取水能力への低下(井戸干渉による水の奪い合い)
地下水の心電図
最も簡便にできる地下水の状態の把握方法
- 地域の地下水賦存量や地下水収支の実態を詳細に把握し、地下水利用による将来の影響を精度よく予測するためには、多くの調査や解析が必要となります。
しかし、地下水の状態が安定しているかどうかを把握するだけならば、地下水位を経年的に確認すれば可能であり、既存井戸や観測井を用いて容易に実施できます。
地下水の状態把握結果の活用事例
- 地域の地下水利用の安定性、持続性を確保するため、地域で地下水位のモニタリングを行い、渇水等により地下水利用に影響が予想される場合に注意報を出しているケースもあります。
地下水位の経年データの読み方
- 地下水位の経年データにおいて、地下水位が安定していれば、地下水循環量の範囲内で持続的に利用できる状況です。
また、新規取水により地下水位が低下しても、経年的に地下水位が安定していれば、持続的に利用できる状況です。
一方、新規取水を開始した時期を境に地下水位が経年的に低下し続けている場合は、地下水循環量に比べて過剰な水量を取水しており、持続的な利用が困難となる懸念があります。
そこで、取水量を低減する、または涵養事業等により地下水を補給して地下水位が経年的に安定する状況を回復すれば、持続的に利用できる状況となります。
地下水位の経年データを得るメリット
- 地下水位の経年データを得ることにより、地域全体で、どの程度までの取水量であれば持続的に利用できるかの目安を得られます。
さらに、どの程度の渇水であれば地下水位がどの程度低下する、といった経験に基づく予測や対応が可能となる場合があります。
また、一時的な工事による地下水位低下等の影響が、どの程度の時間で元の状態まで回復する、といった経験に基づく予測や対応が可能となります。 - 地下水位の経年データがない場合は、何らかの地下水障害が起きた時になって地下水位を観測し始めても、元々の地下水障害前の状態や、経年的な地下水位の変化傾向が分からなければ、原因や因果関係を特定できず、対策も検討できません。
- 地下水位の経年データは、地域の地下水環境の健全度を示す心電図であり、地域資源の持続性を確保するための重要な基礎データです。