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国土強靱化:私のひとこと vol.12

自分の力に気づき発揮できるような場を作ること、それが私たちの役割

認定 NPO 法人レスキューストックヤード 常務理事 浦野 愛氏

 過去の災害から学んだ教訓を活かし、災害に強いまちづくりに取り組んでいる認定NPO法人レスキューストックヤード。災害時の被災者支援活動や日常からの防災・減災活動について、常務理事の浦野愛氏に話を伺いました。

 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災。当時、静岡の高校三年生だった私は、テレビの映像を見ても「大変なことになっているな」とは感じましたが、ボランティア活動のために現地に行くことは全く想像していませんでした。でも、名古屋の大学に進学し、被災地でボランティア活動を行ってきた先輩方の報告会に参加して大きな衝撃を受けました。同年齢の学生がボランティアとして被災地へ行っていたこともさる事ながら、車いすの学生までもが活動に参加していたことに衝撃を受けました。「私にも何かできることがあるかも知れない・・・」その思いがきっかけとなり、私は、当時先輩たちが立ち上げた支援サークルの扉を叩いたのでした。

 早速、ゴールデンウィークに被災地入りしました。その時、私が抱いていた「被災地」という言葉のイメージは、「暗く、灰色がかっていて、気軽に笑ってはいけない深刻な場所」というものでした。私は、困っている人たちの役に立ちたい、という一心で被災地入りしました。最初の活動場所は、仮設住宅の抽選に何度も外れ、避難所に残っている人たちのための無料の喫茶店でした。とても辛く、苦しい思いをしているんだろうな、と想像しながら現地に行くと、そこには、とても明るく、冗談を言ってボランティアを笑わせる、明るい被災者の姿がありました。実際その光景を見て、「なんだ、思ったより元気にやっているではないか。ここにボランティアは本当に必要なのか?」と疑問を持ちました。今となっては恥ずかしい話ですが、被災地から帰ってきた私は、ある先輩に「次は本当に困っている人たちの所に派遣してもらいたい」と訴えました。しかし、その時先輩から「あそこにいた人たちの笑顔の裏側にある本当の気持ちをちょっとでも想像してみた?」という言葉を投げかけられ、初めてハッとしました。相手の一面だけを捉えて物事を判断してはいけない。その時から、何気ない表情や言葉の中に見え隠れする被災者の心の声に何とか近づきたいという気持ちで、活動を続けるようになりました。

 被災後ある程度時間が経過すると、被災者のニーズは、衣・食・住などの見えやすいものから、お金・仕事・失ったものへの喪失感・先の見通しが立たない不安感・孤立感など、見えにくいニーズに変化していきます。仮設住宅の集会場でバザーやお茶飲み会などを催していた時です。ある被災者が、「震災で全て失った。こんなに生きていることが辛いのであれば、家と一緒に潰されればよかった」とおっしゃられました。私は何と答えて良いのか全く分からず、ただ頷いて聞くことしかできませんでした。そういう事が何回か続き、学生である私たちにできることはもう何も無いのではないかと痛切に感じるようになりました。しかしある日、一人の男性が、活動を終えて帰ろうとする私たちの車に駆け寄ってきてくれました。いつもお酒の匂いがして、アルコール依存症が疑われるような人でしたが、私の手を力強く握り、「わしらのこと忘れんといてな、来てくれてありがとうな」と涙ながらに言ってくれたのです。私は、なぜこの人が何もできなかった私たちに対してこのような言葉、感情を伝えてくれたのだろうと考えました。

 被災者にとってその支援が本当に良いのか、悪いのかの判断は、ボランティアの私たちではなくその人自身に委ねられるものであるということ。たとえ、相手に対して何ができるか分からない状態であっても、相手に本気で関わろうとする姿勢や思いは、様々な形で伝わり、その人の生きる力を下支えする存在にもなり得るということをこの出来事が気付かせてくれたのでした。

 私たちは、汗水垂らして泥だらけになって動くだけが、災害ボランティアの役割ではないことを20年かけて伝え続けてきましたが、社会の災害ボランティアに対するイメージはまだまだこのイメージが強いと思います。この点は、もう少し伝え方を見直さなければいけないのかなと常日頃思っています。

 地元だけでは限界があることを下支えできる外部支援者

 阪神・淡路大震災の教訓の一つとして災害ボランティアセンターの設置・運営が定着し、緊急救援期にはボランティア活動を行いやすくなりました。しかし、時間が経過し被災地復興のフェーズになると、災害ボランティア活動の役割は終わり、地域が頑張らなければいけないという雰囲気になってきます。でも、阪神・淡路大震災からずっと震災等の復興に関わってきた私たちは、復興のフェーズでも外部支援者の役割が重要であることをしっかりと伝えたい。

 例えば、仮設住宅に入る時には従来住んでいた地域から離れるため、そこで機能していた人間関係や生活のペースなど、様々なことが崩れてしまいます。それらを仮設住宅に入居した人たちだけで元通りに戻すことは難しく、足らないところは誰かが補わなければなりません。そのためには、そこに住んでいる人たちがどのようにしていきたいのかを丁寧に汲み取り、不安を軽減したり、希望が実現できるようお手伝いすることが必要だと思っています。地元の力は、災害によって一時的にでも弱まってしまいます。最終的には、住民が自らの足で歩んでいかなければならないのが復興ですが、頑張り続けるにも限界があるのです。だからこそ、時にはおせっかい的に外部支援者が下支えとして関わることが重要だと思います。福祉や医療ニーズの高い人たちは、行政や社会福祉協議会などの支援サービスが受けられますが、私たちがこれまで関わってきた被災地では、そこまで緊急性は高くない、だけどこのまま見過ごしてしまうと、心身の具合が段々悪くなっていく危険性のあるグレーゾーンの人たちが沢山いました。しかし、その存在に目を向け、介入していたのは、地元のボランティアと外部支援者でした。例えば、被災前、ラーメン屋を営み、元気に働いていたおばあちゃんが、仮設住宅に入ってから、引きこもるようになりました。ボランティアが何時間もかけて話を聞いたところ、「またラーメンを作って、みんなに喜んでもらいけど、道具も何もない。無理だよね」という言葉をつぶやかれました。何十年もお店をやってきた誇りと、人を喜ばせたい、役に立ちたいという思いが垣間見られました。そこで、ボランティアが厨房や材料を調達するお手伝いをしたところ、地元の常連さんや家族にラーメンを振舞うことができ、その後、その方は積極的に外に出るようになりました。このような被災者の素朴な願いや思いを丁寧に汲み取り、対応できるのは、たった一人のためにでも動けるボランティアの自由性によるところが大きいと感じます。これは、公平・平等を主軸とする行政などとは大きく違うところです。被災者が、被災後もその人らしく生きていける環境を整えるためには、地元ボランティアや外部支援者をもっと積極的に活用しながら、それぞれが協働・連携して進めていく必要があります。

 普段からの協働・連携した活動が災害時に活きてくる

 この協働・連携については、普段の活動の中で一緒に取り組むことが必要です。

 名古屋市では、2002年から「災害ボランティア養成講座」を実施しています。私たちは、企画運営を市から受託していますが、行政や社会福祉協議会、民間のボランティア団体とも連携して企画しています。この養成講座がきっかけとなって、名古屋市16区、全てに防災ボランティア団体ができ、現在「なごや災害ボランティア連絡会」として、定例会を月1回開催しています。この場を通して顔が見える関係ができ、地域防災の推進や災害時の支援活動を行う際の信頼関係性が築かれています。

 現在、地域では、災害時の要配慮者への対応をどのように進めていけばよいのかが大きな課題となっています。特に、障がいのある方々については、普段接する機会が少ないこともあり、どうしてよいのか分からないという不安感や恐怖感に繋がっているようです。しかし、人は元来、「困っている人がいたら、放っておけない」という優しさや思いやりの気持ちを持っているものなので、その気持ちがもっと表に引き出されれば、両者の距離は少しずつ近づいていくのではないかと考えています。そのためにも、お互いが出会い、お互いの人となりを知る機会が必要であると思います。このような出会いの場が地域だけで作りにくければ、私たちのような民間団体が場作りをお手伝いすることもできます。しかもみんなに共通する「防災」がテーマだったら、より関わりやすくなるのではないでしょうか。

 現在地域で進められている災害時要配慮者の支援の仕組みづくりにおいては、当事者が参加しないまま、地域で対応策を議論するケースが多く見られます。本当に大事なことは、その人がどうしたいかをちゃんと聞き、それに合わせて選択できる環境を作ることだと思います。また、地域の人たちが混乱しないよう、地域で対応できることと、専門性を持った人じゃないと対応できないことを選別することも重要です。

 よく思うのは、やはり人って捨てたものじゃないなあということ

 どのような状況に置かれた人でも、生きていくために、誰かの役に立つことや役割を持つことがとても重要だと感じる場面に遭遇することがあります。被災地でも、普段の地域防災の活動をしていてもそうですが、自分に何ができるのか分からずに一歩が踏み出せないままの方も多くいます。私たちは、皆さんのそんな思いに触れさせていただき、その方が本来持っている力を少しでも発揮できるような場を作っていくのが、役割の一つと思っています。それが、私自身の喜びになっており、この活動を続けている理由にもなっています。

浦野愛氏 プロフィール
認定NPO法人レスキューストックヤード常務理事
社会福祉法人介護職員を経て、2002年からNPO法人レスキューストックヤードスタッフとなる。
2009年から現職
HP http://rsy-nagoya.com/
Twitter https://twitter.com/rescuestockyard
Facebook https://www.facebook.com/rsy.nagoya

#災害ボランティア

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