伝統文化がつなぐ地域の強靱化
令和7年度のワークショップでは、「防災・減災の“備え”から“暮らしの文化”への転換」を掲げ、各回のテーマに沿って話題提供者の方にご講演をしていただいた後、参加者はグループに分かれ、地域や身の回りで災害時に課題となりそうなことや自分たちにできることについて意見を出し合い、内容を共有しました。
また、例年と同様に、公益財団法人市民防災研究所理事・特別研究員の池上三喜子氏と、株式会社ウェザーニューズ減災プロジェクトリーダーであり気象予報士の宇野沢達也氏にもご参加いただき、会場参加者へのアドバイス等をしていただいたほか、話題提供部分をオンライン配信しました。
令和8年1月18日に兵庫県姫路市で開催した第1回ワークショップでは、「地域文化と防災をつなぐ」をテーマに福島県浪江町での活動事例をもとに「祭り」と「防災」を結び付けた話題提供をしていただいた後、参加者がグループワークなどを行いました。
話題提供:地域文化と防災をつなぐ
株式会社いのちとぶんか社の葛西 優香氏に、防災士としての活動経験を踏まえ、「地域のつながりを、日常の営みの中でどう育て、災害時の力に変えていくか」をテーマにお話しいただきました。大阪府出身の葛西氏は、阪神・淡路大震災での被災体験では、マンションで日頃から声をかけてくれていた近所の人の存在に救われた原体験があり、非常時ほど“ご近所の関係”が人を支えることを実感したそうです。さらに、JR福知山線事故では、通学で利用していた路線で日常が突然途切れ、人生が一変する人もいるという現実を目の当たりにし、「当たり前の生活のもろさ」を強く感じたと振り返りました。東日本大震災当時は東京の高層ビルで揺れを経験し、企業の防災計画があっても社員一人ひとりに浸透していなければ混乱することを痛感したことから、「防災をどう伝えるか分からなくても、まず動く」としてコミュニティFM局で防災を伝える活動に踏み出したと紹介しました。
一方で、地域に入っていくほど、訓練や活動の参加者が固定化しやすい現実にも直面し、より多様な人が関われる「場づくり」こそが必要だと考えるようになったといいます。葛西氏は、「防災のことを家族と話し合ったことがない人が多い」という調査結果にも触れ、その理由として「機会がない」ことが挙げられている点を示し、自然に会話が生まれる場を地域側が用意することが重要だと話しました。
その具体例として紹介したのが、葛西氏が2021年に移住した福島県浪江町での取組です。まず、葛西氏が浪江町に移住した経緯について紹介されました。避難指示解除直後に初めて浪江町を訪れた際、駅前に音がなく「無音の町」を体験した一方、澄んだ青空に不思議な希望を感じたこと、そして「経験した街から防災を伝えていきたい」という地元職員の言葉に背中を押され、住民とともに“コミュニティや人のつながりが戻る過程”に取り組み、見届けたいと考えて移住を決めたといいます。
浪江町では、地域のつながりが戻る起点として「神社の再建」が動き出したといいます。まだ町に自由に入れない2015年頃から神社の再建委員会を立ち上げ、時間をかけて神社を建て直した背景には、「自分たちは故郷に戻れないかもしれないけれど、神社だけは建て直したい」という思いがありました。神社が4、5年かけて再建されると、次に復活したのが祭りでした。盆踊りや神楽の奉納を再開するためには、太鼓、踊り手、運営など多くの役割が必要で、人数が少ない中で移住者にも声がかかり、練習を通じて新しく来た人が地域の歴史や価値観を知る機会にもなったと紹介しました。盆歌の歌詞から、浪江の土地の成り立ちや移民の歴史を学べるなど、祭りには“外から来た人をつなぐ力”があることに気づいたそうです。
さらに葛西氏は、祭りは参加の濃淡を許容しながら、薄い関わりの人も自然に巻き込み、助け合いが立ち上がる場であると説明しました。重い荷物を見て手を貸す人、子どもが輪に入りやすいよう譲り合う人など、日常では見えにくい人の特性が表れるため、いざという時の役割分担にもつながるという考え方です。2011年の東日本大震災を契機に、防災の必要性が地域内で共有され、戸別訪問による名簿づくりや年中行事の復活を重ねる中で顔の見える関係を整え、段階的に地区防災計画づくりへ発展させたプロセスも示しました。最初から防災を前面に出すのではなく、「普段の営みの中に防災を重ねる」ことで継続しやすくなるといいます。
一方で、震災前からコミュニティとの関係が閉じていたことで、被災後に戻るきっかけを失った人もいたのではないかという教訓にも触れ、祭りを地域住民だけでやるのではなく、現在は移住者が加わるような関係性に発展していると紹介しました。最後に葛西氏は、地域活動の中に既に防災の要素は多く含まれており、防災マイスター等がそれを言語化し、横断的につなぎながら、諦めずに積み重ねていくことが「もしも」に備える地域ネットワークを強くすると締めくくりました。
参加者によるグループワーク
講演後、参加者が10班に分かれて、地域の資源を国土強靱化にどうつなげるか、具体の工夫や課題を共有しました。
- 日頃から地域を巻き込む活動が重要である。
- 地域の中でリーダーシップを取れる人材を育てて、防災につなげる必要がある。
- 継続的に地域住民が参加できる仕組みをつくることが防災の基盤である。
- 秋祭りなどの年中行事など、祭りは災害に似ていると思った(ただし災害はいつ起こるか分からない)。
- 地域に住み続けているキーマン、特に自営業者などの存在が重要であり、キーマンが持つ職能を把握しておくことが大事だと思った。
- 祭りは失敗しても生活に直接関わるわけではないので挑戦やリーダーシップの練習の場になる。
- 一方で、行事が固定化すると関わる人も固定化してしまい、見えていない世界が増えるのは危険であるため、留意が必要である。
- 防災訓練は顔の見える関係づくりにつながると思った。
- 新しい人や未参加の人をどう呼び込むかが課題である。
- クイズラリーを行ったり、遊び要素を交えて消火器の使い方を覚えたりする工夫ができると良いのではないか。上位にアルファ米を渡すなどの企画ができると思った。
- 防災の基本は人と人とのつながりであり、最も大事な点だと思った。
- 地域内の防災マイスターの人数や役割を明らかにして、地域の共通話題として前向きに発信する仕組みが必要ではないか。
- 防災は「これをしなければならない」ではなく、段階を踏んで進めればよく、人と人のつながりづくりが大事だと思った。
- 自治会・子ども会・婦人部・老人会が一体となり、町全体で行事を回している中で、神社などを起点にすると、役割分担をはっきりさせられると思った。
- 町民運動会や夏祭りでできた顔見知りの関係を生かして、防災も話し合いながら進められると思った。
- 個人情報の関係で要配慮者情報の共有が難しい面があるため、民生委員等と相談しつつ、災害時に誰が誰を助けに行くかを自治会で決めておくことが災害時に役に立つのではないか。
- 祭りや町内行事から人付き合いを深め、連絡体制を整えることが大事だと思った。
- 祭り等を通じて自治会中心の組織がしっかりし、継続して活動しているのが強みである一方で、行事の参加者がいつも同じ顔ぶれで、賃貸マンションに住んでいる人の顔が見えにくいのが課題である。
- 祭りや行事に参加していない人を呼び込むため、抽選会や餅つき大会などの工夫、コロナ禍で弱った担い手づくりを進め、若い人にも積極的に参加してもらうことで、強靱な地域づくりにつながる。
- 国土強靱化に必要な資源として、とんど、溝掃除、高齢者の食事会が挙がった。
- とんどは火を使い消火器で消す流れがあり、防災訓練として活用できると思った。溝掃除は水路の幅や深さを確認しながら行うため、地域全体の状況把握につながる。高齢者の食事会は横のつながりは強いが、縦のつながりが課題である。
- 避難先施設が閉まっていた場合の対応や鍵の管理者を把握しておくことが大事という気づきがあった。
- 伝統文化や行事で培われた資源として、自治会や趣味のつながりに注目した。
- 名簿を作って仲間を形成し、そこから声をかけて輪を広げられると思った。
- 既存コミュニティに入ることに遠慮する人も多いので、新しく入ってきた人に一人ひとり役割を持ってもらうことが大切である。
- コミュニティの種類は多いが参加範囲が限られるため、市民の集まりなども使って参加できる範囲を広げたいと思った。
- 自治会のバス旅行の際に、副会長が「小銭が必要だ」と話している。これは、旅行先で災害に遭うとキャッシュレスが使えず、小銭が必要になるという備えの話である。
- 旅行の出来事をきっかけに、行き先での災害を想定して備えることが、普段の防災につながると思った。
- 秋祭り、川掃除、盆踊り、食事会など、行事が少しずつ防災とコラボしている点が大事だと思った。
- 川掃除で流れを確認して氾濫への注意につなげていたり、盆踊りで消防団が巡回したりするなどの工夫がある。
- 食事会は高齢者の参加により安否確認につながる一方、行事と困りごとが単発で縦割りになっているのが課題である。それをつなぐ役割として防災マイスターが重要ではないか。
- 防災マイスターが各行事に参加して横断的につなぐ役割を担うとよいが、自治会によって入りにくさもあるため、相互の「行きたい/来てほしい」が可視化され、風通しの良い関係ができることが望ましい。
講評
参加者によるグループワークの発表を受け、有識者と話題提供者から総括としての講評がありました。
池上氏は、各班の発表から「人のつながりの重要性が強く共有された」と述べた上で、子ども食堂が備蓄拠点にもなり得るという話題に触れ、「日常備蓄」の考え方を紹介しました。また、防災で最初に優先すべきは「けがをしない・命を落とさない・火事を出さない」ことであり、幼少期からの防災教育が大人を巻き込む力になると強調しました。さらに「想定外」「がれき」といった言葉が被災地の受け止めに影響することにも触れ、記録や発信の際に大切にすべき視点を示しました。
宇野沢氏は、議論の中でキーマンの必要性や地域のつながり、安心の大切さが共有された点に触れた上で、今回参加している防災マイスターの多くが権威的ではない雰囲気を持っていることが非常に素晴らしいと感じたと述べました。また、そのような姿勢は地域にとって大きな強みになるとの考えを示しました。自然災害は想定を超えることが起こり得るため、最初から完璧を目指すのではなく「小さくても一歩踏み出す」ことが重要であり、その姿勢を周囲にも広げていくことが国土強靱化につながると締めくくりました。
葛西氏は、清掃活動など日常の営みの中に地域の知恵が詰まっている点、そしてそれらを防災の視点で横断的につないでいく役割を防災マイスターが担っている点を改めて強調しました。活動の固定化という課題があっても、諦めずに続けることが地域の力になるとし、最後に「皆さんの姿を子どもたちは見ている。地域のヒーローとして、これからも続けてほしい」と参加者へエールを送りました。
今回のワークショップでは、葛西氏の講演で紹介された福島県浪江町の事例を通じて、祭りや年中行事が「人が集う」「助け合いが生まれる」「互いの特性が見える」といった防災上の重要な機能を持つことが共有されました。あわせて、既存の地域活動や学校・福祉の場を“防災につながる入口”として位置付け、参加者固定化や担い手不足といった課題に向き合いながら、日常の中で無理なく続く国土強靱化の取組へつなげていく方向性が示されました。
#つながり #コミュニティ


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