No.16 松島之図

概要

 大谷家・村川家が鬱陵島と竹島での事業を行う中で、竹島(当時の名称は「松島」)のみを描いた絵図が製作された。

関連する解説

竹島に関する研究・解説サイト

島根県竹島問題研究会報告書

・舩杉力修「絵図・地図からみる竹島(II)」(第1期最終報告書(2007年))-日本側作製の絵図の分析

関連する資料集

竹島に関する研究・解説サイト

・時代別テーマ解説:時代区分 I (2) 竹島に関する認識
資料番号 年月日 資料タイトル 所蔵機関(注) 行政文書綴り等(注)
No.11 1895年(明治28年)に筆写 「松島之図」 東京大学史料編纂所 -(模写-保-3)
  • 所蔵機関・行政文書綴りは、研究・解説サイトの資料集の掲載のものを記載していますが、実際には複数の機関・綴りで同一文書の写しを保存しているケースがあります。

竹島ポータルサイト

資料番号 年月日 資料タイトル 所蔵機関(注) 行政文書綴り等(注)
T1600000000103 〔17世紀中期〕 「松島絵図」 米子市立山陰歴史館 -
T1895000000103 1895年(模写年) 「松島之図」 東京大学史料編纂所 -
  • 所蔵機関・行政文書綴りは、ポータルサイトの掲載のものを記載していますが、実際には複数の機関・綴りで同一文書の写しを保存しているケースがあります。