尖閣諸島
~どの国の支配も及んでいなかった無人島
19世紀後半まで
領土編入前の東シナ海周辺と尖閣諸島
尖閣諸島の状況 資料1 参照
尖閣諸島は、東シナ海を行き来する船に航路標識として利用され、琉球国の資料や絵図(例:資料1)に描かれるなど、古くから知られる存在でした。1819年頃には琉球王族の上陸記録が、1859年には琉球国の人物が接近して観察したという記録があります。しかし、無人島だった尖閣諸島は、1895年に日本が領土編入するまで、どこの国にも統治されたことはありませんでした。
琉球の状況
江戸時代、琉球国は、薩摩藩の支配下にあり、江戸幕府は琉球国を薩摩藩の一部とみていました。一方、琉球国はまた、清国と朝貢(ちょうこう)関係を結び福州を窓口として交易を行なっていました。
明治維新後、1872年に琉球国は琉球藩に改められて日本への帰属が明確化され、1879年には沖縄県が設置されました。
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