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〔鳥取藩政資料「控帳」に見る竹島・松島関係資料〕

一、米子大屋甚吉竹嶋江廻候船壱艘帰帆之刻難風ニ遭朝鮮之地江乗懸舟ハ破損候へ共人数無別儀候付朝鮮より釜山浦迄送届釜山浦ニ宗対馬殿御番所有之ニ付対馬迄送届則対馬守殿より江戸へ以使者御窺之由為御届御状大坂御蔵屋敷迄参大坂より態飛脚ニ為持越則御返事此方之飛脚ニ持せ遣事候

※米子大屋甚吉持ち船一艘が、竹島からの帰りに遭難して船は壊れたが船員は全員無事だった。船員は朝鮮国から朝鮮釜山浦にある宗家の番所に届けられ、釜山浦から日本の対馬へ着いたことを宗家から江戸幕府へ連絡の書状が出された。その使者が大阪蔵屋敷に着いたとき、この遭難の内容がわざわざ鳥取藩へも連絡があった。

資料タイトル 〔鳥取藩政資料「控帳」に見る竹島・松島関係資料〕
作成年月日(西暦) 1666年11月20日
作成年月日(和暦) 寛文6年11月20日
編著者
発行者
収録誌 寛文六丙午年
控帳 十三
正月日
資料概要 米子の大谷・村川両家が交替で竹島(現在の鬱陵島)への渡海を継続する中で、この年渡海した大谷家の船が、帰帆の途中遭難した事件の鳥取藩の記録。大谷・村川両家は江戸時代の初期17世紀に幕府の許可を得て竹嶋(現在の鬱陵島)へ出漁し、行く途中にある松島(現在の竹島)でも漁を行っていた。
言語 日本語
公開有無
所蔵機関 鳥取県立博物館新しいウィンドウで開く
媒体種別
数量 1ページ
資料番号 T1666112000103
利用方法 鳥取県立博物館で以下の番号と資料名で利用手続を行う。『鳥取藩政資料目録』資料番号2517、資料名「家老日記(控帳) 寛文6年」
注意事項 P78(11月20日条)(全93P)