No.27 第二次大戦中、米国が尖閣諸島を沖縄の一部と認識していたことがわかる資料
概要
第二次世界大戦中、米軍が対日作戦を遂行する際に用いていた基礎的な情報をまとめた資料でも尖閣諸島を琉球の一部としていたことが確認され、戦時中から米軍がそのような認識を一貫して有していたことが確認できる。
関連する解説
尖閣諸島に関する研究・解説サイト
・解説動画「米国施政下の尖閣諸島1945-1972 Part 1」※今後掲載予定
関連する資料集
| 資料番号 | 年月日 | 資料タイトル | 所蔵機関(注) | 行政文書綴り等(注) |
|---|---|---|---|---|
| No.47 | 1944年(昭和19年)5月 | 海軍情報局49,600-地理南西諸島編 第15版 | 沖縄公文書館 | (00010-001) ONI 49, Change No.15, 600-Geography, Japan Area H-1, Nansei Shoto (May 1944) (1/2) |
| No.48 | 1944年(昭和19年)11月 | GAZETTEER No.14X RYUKYU RETTOAND NANPO SHOTO [琉球列島地名集] | 英国国立公文書館 | Gazetteer No.14X: Ryukyu Retto(Nansli Shoto Southern Islands) (AIR 23/4756) |
- 所蔵機関・行政文書綴りは、研究・解説サイトの資料集の掲載のものを記載していますが、実際には複数の機関・綴りで同一文書の写しを保存しているケースがあります。