国家公務員 CAREER GUIDE

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国同士でお互いの利益になるよう
サミットに向け主要国関係者とも交渉。

戦争に関するニュースや本・映画に触れたり、小学校の修学旅行で広島の原爆資料館に行き語り部の方のお話を伺ったりする中で、幼い頃から世界平和に貢献したいと思っていました。国家公務員について初めて考えたのは、湾岸戦争後の1991年、親戚の自衛官がペルシャ湾掃海派遣部隊として参加したタイミングだったと思います。私が中学生になってから、その自衛官が私よりもさらに小さな子に遺書を残していたと知りました。当時は国内で「自衛隊は違憲、戦争反対」とも叫ばれていたため、日本の国際貢献・平和への貢献の在り方を考えると共に、幼い子を残して出発した親戚の自衛官の気持ちを想像していたことを覚えています。ただその頃は漠然と、世界平和に貢献するために「国連職員になりたい」と考えていました。大学3年生になった頃、「アフリカにおける難民」という国際シンポジウムに参加。国連難民高等弁務官も務められた緒方貞子さんがスピーチをなさっており、レセプション会場で直接お話できる機会に恵まれました。国連職員になりたいという話をすると「もちろん国連の意義も役割も大きいけれど、現実には主権国家がヒト・カネ・モノを出すと決めないと何もできない」という言葉をいただいたんです。そのお話を聞いて、主権国家らが意思決定する場に参画し外交を担う外務省を意識するようになります。さらに、大学での授業やゼミを通して戦争の勃発や解決に国家がどのように関わっていくのかを知るうちに、外務省で働きたいという意思が固まっていきました。

入省から10年。さまざまな案件に関わらせていただき、それぞれエキサイティングで大変にやりがいがありました。上司や同僚にも恵まれ、楽しんで仕事をしています。もっとも印象深かったプロジェクトは、核セキュリティ・サミットの対応でしょうか。オバマ米大統領のイニシアティブで始まった、いわゆる核テロ対策に関する首脳会合です。会合までに、直属の局幹部または課長と複数回のシェルパ会合(サミットの準備会合)に参加。多国間の正式交渉の場のみならず、場外でも文字通り走り回って主要国出席者を捕まえ交渉しました。幹部を乗せた飛行機の到着が遅れたときには、私が政府代表の交渉テーブルに着き発言するという経験も。また、このサミットでは日米二国間の首脳宣言も発出予定でした。極秘で調整を進め、日本側とアメリカ側の双方にとって利益のある形になるよう、省内や他省庁の関係課室とも調整した上で案文をホワイトハウスと調整。官邸にもご報告し、ご判断を仰ぎました。苦労の甲斐あり、無事に首脳宣言が発出されたときには本当に嬉しかったですね。その首脳宣言で約束していた核物質の輸送プロジェクトも、関係者の尽力により無事完了したと聞き、大変感慨深いです。私は第一子の妊娠中だったため、サミット本番は海外出張ができませんでした。ところが、局幹部が現場から連日、その日の会合や総理の様子について詳細な報告メールを送ってくれたのです。離れた場所からも、日本として存在感を発揮し有意義な会合になったと実感でき、上司の気遣いを大変ありがたく感じました。

髙村 麻裕子

TAKAMURA Mayuko

外務省
経済局経済安全保障課
平成19年入省【Ⅰ種法律区分】
平成28年12月1日時点

経済局経済安全保障課の課長補佐で総務班長として勤務。国民の日常生活や経済成長の基盤として不可欠なエネルギーなどを安定供給するため、エネルギー・鉱物資源班および食料班の業務を総括している。自分の息子たちの世代に、平和で安定した日本と世界を繋いでいけるよう、日々目の前の仕事に全力を尽くしたいと考えている。