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国土強靱化:私のひとこと vol.8

失敗しても弱くてもやっていけるよっていう優しくしなやかな社会を目指して

防衛医科大学校精神看護学教授 髙橋聡美氏

 災害や自殺、交通事故などの遺族・遺児に対し、心のケアを重視し、その喪失体験に伴う愛惜や悲しみなど様々な感情に寄り添い支援をするグリーフサポートの活動をしている髙橋聡美氏(防衛医科大学校精神看護学教授)に話を伺いました。

 私は、自殺対策の一環として、個人の持つレジリエンスをどう高めるか、ご遺族や周りの人のダメージをいかに最小限にするかをテーマに2006年から仙台を中心に活動しています。東日本大震災後は、これらに加え、震災による遺族、特に遺児の心のサポートも行うとともに、遺族や遺児を支えるためには何が必要かという啓発活動も全国各地で行っています。

 具体的な活動内容としては、子供たち同士で心のいろいろなことを分かち合うグリーフプログラムを仙台、陸前高田、福島などで開催するNPO法人子どもグリーフサポートステーション(CGSS)のファシリテーターまたアドバイザーとして活動しています。グリーフプログラムは保護者プログラムも同時開催されていて、仙台ではあしなが育英会と協力して開催しています。

 また、震災から4年経ち、生活再建ができた人は精神的回復も早く進むのですが、阪神・淡路大震災の時に加藤寛先生(兵庫県こころのケアセンター長)がおっしゃっていた「はさみ状格差」が顕在化してきています。住む場所や仕事が決まらず生活再建が思うように進まず、孤立した人をどうサポートするか。鬱(うつ)やアルコール依存、中には自殺企図に至るケースもありますが、そういう人たちに薬だけ与えても解決しません。そのため、心のサポートと併せて、住む場所や仕事のことなどの社会的支援を司法書士や弁護士の方々などと連携して行っています。ご家庭が震災を機に貧困に陥ってしまわないように今の生活を支えることはもちろん、学習支援団体とも連携を取り合って子供たちが教育機会を失わないような様々な支援がなされています。公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンは塾や習い事を無料で利用できるクーポンを配布しており、一般財団法人学習能力開発財団は震災遺児家庭に家庭教師を無料で派遣したり、遠隔地に住んでいる震災遺児にはSkypeで学習支援を行っています。教育の機会が増えることは子供たちの未来の幅を広げていくことだと思っていますので、子供たちの可能性を最大限に引き出せるコミュニティ作りができればと考えています。

自分をかけがえのない存在として認められる基本的自尊感情をはぐくむ

 近藤卓先生(山陽学園大学生活心理学科長)によれば、自尊感情には社会的自尊感情と基本的自尊感情の2種類があります。社会的自尊感情は、成績が良かったりかけっこが速かったり、他者から称賛されたり褒められたりすると伸びる自尊感情のことであり、基本的自尊感情は、成績などとは関係なく、自分をかけがえのない存在として丸ごと認められる自尊感情のことです。

 社会的自尊感情は、失敗経験などで風船が割れるように潰れてしまいますが、基本的自尊感情がしっかり育まれていれば、その人の自尊感情全体ではそれほど低下しません。他方、受験や就職の失敗で自殺してしまう若者は、基本的自尊感情が十分育まれていないのかもしれません。私たちが提供しているグリーフプログラムでは、「ありのままのあなたで大丈夫だよ」「悲しいんだね」「どんな気持ちも受け止めるよ」というような会話をしながら、この基本的自尊感情を少しずつはぐくんでいくようにしています。成績のようなものさしで評価しがちな日本の社会を、弱くても駄目駄目でも生きていける、強くなくても失敗してもやり直しができるコミュニティを目指しています。

 また、震災後5年目を迎えた今、危機的な状況を体験した後に成長することを指す外傷後成長(PTG : Post traumatic Growth)を自分自身で感じている人がいる一方、未だに生活の再建さえもできていない人もいます。その人がどうすれば外傷後成長の状況になるのかと考えた時に、個々人が持つ「レジリエンスの力」と、コミュニティに「人々が早く生活を再建できるようなコミュニティのレジリエンスの力」があるかどうかによると思います。

信頼関係があり顔が見えるネットワークが、街のレジリエンスであり、一人一人のセーフティネット

 仙台で行っているプログラムは私が仙台グリーフケア研究会のメンバーと震災前に立ち上げており(2012年10月CGSSへ移行)、そのための体制やネットワークもできていたため、震災時にも迅速に機能しました。もし、震災後から始めようとしても、すぐには人材育成もできないし、専門家のネットワークもあの混乱の中では難しかったと思います。このように普段から信頼関係があり、顔が見えるネットワークが、医学、福祉、宗教、教育などいろんな方向性で蜘蛛の糸のように構成されていることで強靱なネットワークとなります。このことが街(コミュニティ)のレジリエンスそのものであり、一人一人のセーフティネットになると思います。

 従来、コミュニティの中で日常のグリーフサポートが行われていましたが、核家族化やコミュニティ自体の脆弱化により、十分なサポートが期待できなくなってきました。そのため、遺族のわかちあいの会や子供のグリーフプログラムなどがそれを補完する役割を担っています。またグリーフプログラムと同じぐらい力を入れているのが、コミュニティへの啓発です。たとえグリーフプログラムなどでいくらかすっきりして帰っても、近所や職場、友人との付き合いの中で、相手の言動に傷つくこともあります。グリーフに関する知識、遺族への接し方について、家庭、親戚、学校そして警察、消防、被災者支援に当たる自衛官、自治体などが知っていれば、よりレジリエンスの高いコミュニティになるのかなと思います。例えば誰かを亡くした後のグリーフの反応は正常な反応ですが、ご遺族の中にはこんなに涙が出るのは異常ではないかと言われる方もいらっしゃいます。グリーフに関する啓発は平常時にやらなければと思っておりまして、今夏にも、先ほどお話した自尊感情やPTG、レジリエンス力についての講演会を2回にわたって仙台で開催します。夏休み期間中なので、是非学校の先生も参加いただければと思います。

 プログラムを続けていく上では、学生ボランティアの存在が欠かせません。ただ、学生は卒業すると就職等で参加できなくなるため、毎年毎年ボランティアを養成しないと追いつきません。でも、私はそれでもいいと考えています。ボランティアで遺児に関わった子が教壇に立ち、あるいは医者や看護師になる。このような広がりが大事ですし、遺児支援を経験した学生たちが社会で活躍することは社会全体のグリーフに関するリテラシーを高めていくためにとても有効だと思っています。仙台でボランティアに携わった後に卒業し、現在は東京で働いている子が、CGSSと連携する東京都内の団体が実施するプログラムにボランティアに来てくれたりもしています。最近ようやく震災から4年、5年コツコツをやってきたことの実感と言うか手応えを感じています。

失敗したり喪失したりしてもやり直しができるしなやかさがレジリエンス

 グリーフサポートは、死別を体験した後のサポートであり、重い内容です。そのため、スタッフには、明るくつながっていこうということをいつも言っています。すなわち長く続けるためにはセルフケアが大事です。私が良い人間関係を保て、常に安定している人間だと皆さんに思われがちですが、やはり人相応の波があります。私は、落ち込んだ時や長く被災地に入る時などには体調を崩しやすいことを自覚しているので、必ずその前後に心療内科の先生にカウンセリングをしてもらっています。そうやって私自身もセルフケアをしています。

 人材に関して「強靱」と言う言葉はあまり馴染まないのではないかと私は感じています。どちらかと言うと、失敗したり喪失したりしてもやり直しができる、そういうしなやかさがレジリエンスだと思います。強靱化と言うとダメージを受けても壊れない、割れない、傷つかないイメージを抱きがちですが、人は傷つきます。失敗や喪失を経験しない人生はない。すべての人が失敗や喪失を経験する前提の下、そういうことがあってもやり直しができる社会づくりをしないといけません。そのことが人のレジリエンス力を高めることに必要なことだと思います。失敗しても弱くてもやっていけるよっていう優しくしなやかな社会(コミュニティ)だといいなあと思います。

髙橋聡美氏 プロフィール
  防衛医科大学校精神看護学教授
専門は精神看護学
つくば国際大学精神看護学教授を経て、2015年4月より現職
2010年に仙台市で子どものグリーフサポートプログラムを立ち上げる。
主な著書は『死別を経験した子どもによりそう~沈黙と「あのね」の間で』(西田正弘との共著、梨の木舎)など
子どもグリーフサポートステーション
HP http://www.cgss.jp/
Twitter  https://twitter.com/CGSSJ
Facebook  https://www.facebook.com/ChildGriefSupportStation

< vol.7 Cord for Japan index vol.9 柄谷友香氏 >
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