カーナビやスマートフォンで現在位置を知ることのできる衛星測位システムといえば、米国のGPS衛星。しかし現在、日本でさらに高精度で安定した位置情報の計算を実現できる衛星システムが誕生しようとしている。その名も『準天頂衛星システム(QZSS:Quasi-Zenith Satellite System)』。「みちびき」と名付けられたこの人工衛星は2010年に初号機が打ち上げられており、2016~2017年の間に追加で3 機の打ち上げが予定されている。4機体制となる2018年度には、衛星測位のサービス環境は劇的な進化を迎えるだろう。
(2016年9月14日 取材)

  • 2004年経済産業省に入省、自動車・航空機・防衛分野等に従事し、2014年に内閣府の現在の部署へ出向。準天頂衛星システムの開発・整備・利活用を担当している。
  • 1999年の入省以来、通信・放送分野で活躍。携帯電話の普及や無線通信規格の標準化、地上デジタル放送の全国展開に携わる経験を持つ。準天頂衛星の国際展開プロジェクト推進を担当。
  • 2005年入省、大学では航空宇宙工学を専攻。準天頂衛星システムを利用したビジネスの振興のため、自動車やドローンの自動走行技術の実証実験や、海外展開を視野に入れた戦略を立案する。
  • 2007年入省。宇宙政策の推進に向けて、国際宇宙ステーションをはじめとした国際協力案件を担当。日本が誇る技術力で、国際的プレゼンスを発揮するべく力を注いでいる。

内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 準天頂衛星システム戦略室 室長補佐(総括) 2004年経済産業省に入省、自動車・航空機・防衛分野等に従事し、2014年に内閣府の現在の部署へ出向。準天頂衛星システムの開発・整備・利活用を担当している。

総務省 情報通信国際戦略局 宇宙通信政策課 衛星開発推進官 1999年の入省以来、通信・放送分野で活躍。携帯電話の普及や無線通信規格の標準化、地上デジタル放送の全国展開に携わる経験を持つ。準天頂衛星の国際展開プロジェクト推進を担当。

経済産業省 製造産業局 宇宙産業室 室長補佐(総括) 2005年入省、大学では航空宇宙工学を専攻。準天頂衛星システムを利用したビジネスの振興のため、自動車やドローンの自動走行技術の実証実験や、海外展開を視野に入れた戦略を立案する。

文部科学省 研究開発局 宇宙開発利用課 宇宙利用推進室 課長補佐 2007年入省。宇宙政策の推進に向けて、国際宇宙ステーションをはじめとした国際協力案件を担当。日本が誇る技術力で、国際的プレゼンスを発揮するべく力を注いでいる。

車の運転には欠かせないカーナビや、スマートフォンで利用するゲーム・各種サービスアプリなど、位置情報を活用したビジネスが急拡大している。これらの位置情報はすべてGPS衛星からの電波信号で距離を測ることによって特定されているのだが、その地点から電波を受信できる衛星の数によって、精度は大きく変わってしまう。通常4機以上で測位が可能ではあるが、安定した位置情報を得るためには8機以上が必要とされる。現在のGPS衛星は地球全体に配置されているため、地球の裏側にまわってしまう衛星からは電波を受信することはできない。ほとんどの地点から6機程度しか視界に入らないのが現状だ。

そのため、電波が遮られてしまうような高層ビルが立ち並ぶ都市部や、山に囲まれた山間部では安定した衛星測位に限界があった。
そこで、現在開発が進んでいるのが日本版GPS『準天頂衛星システム』だ。日本のほぼ真上に常時1機の静止軌道衛星を配置させ、さらに日本を中心としたアジア・オセアニア上空に8の字を描く複数の準天頂軌道衛星を配置する。現在のGPS衛星の電波信号と互換性があるため、相互に補完・補強し合えることや、受信機の調達が容易な点でも利便性が高い。いつでもどこでも高精度で安定した衛星測位が実現することで、位置情報ビジネスの発展に大きな期待が寄せられている。

内閣府宇宙開発戦略推進事務局準天頂衛星システム戦略室の荒木健史は、準天頂衛星システムプロジェクト全体のマネジメントをしながら、関係省庁と連携して測位サービスの利活用を広げる取組をおこなっている。
「今、宇宙産業に関わる企業に限らず、多くのベンチャー企業が宇宙を舞台にしたビジネスに参入してくださっています。ロケットを打ち上げたいという企業もあれば、国際的に問題視されているデブリ(宇宙ゴミ)を回収する企業、人工的に流れ星を発生させる事業を立ち上げる企業など、宇宙ビジネスはそれほど遠いものではなくなっているのです。準天頂衛星システムにおいても、我々は川上の人工衛星をつくるだけではなく、川中の受信機の製造や、川下となる利用者へのサービス拡大など、全体を盛り上げていけるように進めています。最近では、AR(拡張現実)など別の技術と組み合わせて、位置情報サービスを提供する観光ツールを旅行代理店と立ち上げました。日本の重要コンテンツであるアニメとコラボして、あるスポットでキャラクターが出てくるようなアプリを開発するなど、観光とクールジャパンをかけ合わせた取組もおこなっています。

他にも小学生向けに、衛星の受信機を使った体験学習も実施しているんです。宇宙を身近に感じてもらうことで、子どもたちの理科離れや親世代への波及効果という目的でも高い効果を発揮しています。現在、打ち上げられている準天頂衛星は1機ですが、2018年には4機体制になり、さらにサービスは充実してくるでしょう。それでもまだ途中段階です。2023年には7機体制を目標にしています。GPSに何か不具合が起きても、準天頂衛星で測位が可能になる体制が日本に構築されるのです」
準天頂衛星システムは位置情報だけでなく、災害等の情報や安否確認という2つの通信サービスも提供していく予定だ。たとえば携帯電話などのインフラが利用できない状況でも、津波や地震・テロなどの災害・危機管理情報が準天頂衛星を経由し、街灯や自販機などに設置された受信機・スピーカーから知ることのできる社会が実現する。生活を豊かにしてくれるだけではなく、安心・安全を支えてくれる準天頂衛星。遠い宇宙から私たちを見守ってくれる未来は、すぐそこまで来ている。

準天頂衛星システムの最大の強みは、測位精度の高さだ。GPSの場合、精度の高いものでも誤差が数メートルは発生するのに対し、準天頂衛星はその誤差が最高でたったの数センチ。さらに、細いビルの隙間や山々が立ちはだかる地域でも安定した位置情報を取得することが可能になるというのだから、準天頂衛星が世界に与えるインパクトが大きいのもうなずける。自動車やバス・鉄道などの自動走行技術も飛躍的な進歩を遂げるだろう。この分野での市場の広がりが楽しみだと語るのは、総務省の情報国際戦略局宇宙通信政策課、後藤祐介だ。日本の衛星通信技術を世界に広げる一翼を担っている。
「今、少子高齢化による労働者不足にともなって、農機や建機の自動化ニーズが高まっています。たとえば農業で機械の自動化が進めば、昼でも夜でも24時間農作業が可能になりますし、準天頂衛星を使えば狭い田んぼと田んぼの間の道も測位できるので、誤って稲を踏んでしまう危険性もなくなります。日本だけではなく、広大な農場がいくつもあるオーストラリアからも高い関心が寄せられているんです。

実際に、2014年におこなった現地での実験ではトラクターの正確な自動走行に成功。共同プロジェクトを推進することで合意がなされました。準天頂衛星は、位置だけではなく高さにも強いので、種まきのような作業のほかにも高いところにある実を自動で収穫することも可能になる予定です。対象作物を拡大するとともに、農業だけではなく鉱山開発に応用するなど様々な分野で活用されていくことは間違いありません」
国をあげて日本の技術やコンテンツを海外展開する方針を打ち出している今、この衛星通信分野も有望視されている一つだ。今後の日本の競争力向上にも期待が高まる。
「準天頂衛星は、世界の最先端技術が散りばめられています。従来の人工衛星はガソリンが使われていますが、今目指しているのはオール電化。電気で動く人工衛星は世界にもまだほとんどないんです。大きな太陽光パネルをたたんでロケットに搭載する技術には、日本の“折り紙”の技術が生かされています。ぜひ実現させたいですね」

宇宙機器産業の国際競争力を高めるべく、重要部品の産業戦略や宇宙を利用したビジネスの振興を担っているのが経済産業省である。これまで宇宙業界では大型の静止衛星を打ち上げて、十数年にわたって運用し続けるというモデルが主流であったが、今ではアメリカを中心に資金力のある企業が低コストの小型衛星・ロケットを開発し、何度でも打ち上げを実施するビジネスへと変わってきた。そうした背景からも、新たな産業を開拓するチャンスが広がっている。
「宇宙機器産業は、まだ3000億を超えるくらいの小さなマーケットしかないんです。でも、これから拡大していくことは間違いありません。各国で激しい競争になっていますが、日本でも関係省庁で力を合わせて取り組んでいきたいですね」
そう語るのは、製造産業局宇宙産業室の徳弘雅世。準天頂衛星の受信機となるチップの開発や、自動走行技術に関する実証実験にも携わっている。準天頂衛星を活用したサービスの中には、ドローン(無人航空機)による物流の自動化にも期待が寄せられているが、そこで重要となるのは離発着の精度だという。

「離発着精度を高める方法には、大きく2つの方式があります。周辺の画像を認識して測定する画像認識方式と衛星からの信号で位置を特定する衛星測位方式です。将来的には両方搭載することで、どちらかが制御不能になってもコントロールできるように進めています。利用産業の開拓に向けては受信機となるチップの大きさも重要でした。最初はとても大きかったために使いにくく、どこも取り入れようとしてもらえませんでしたが、研究開発が進んで小型化が実現したことで、興味関心を示す企業が増えてきたんです。この準天頂衛星は産業界でイノベーションを起こす実力があると確信しています。ただ、業界によって独自のルールもありますし、国を超えれば法律も違います。海外展開も見据えれば、標準化の取組も重要です。難しいことも多いですが、やりがいは大きいですね」

日本の科学技術を支える官庁といえば、文部科学省だ。準天頂衛星システムの研究開発には、高い宇宙開発技術が求められる。日本の技術力は国際的にみてどれほどのレベルなのか。研究開発局 宇宙開発利用課 宇宙利用推進室の立松慎也に話を聞いた。
「日本の宇宙開発の技術レベルは世界トップクラスまできていると思います。H-IIA/ H-IIBロケット等の我が国の基幹ロケットの打ち上げはこれまで30機連続で成功しており、その成功率は97%以上と国際的にも引けをとりません。現在は、より国際競争力あるH3ロケットの開発に取り組んでいます。またISS(国際宇宙ステーション)プロジェクトにおいて、日本は物資輸送機『こうのとり』を打ち上げていますが、今後ISSの交換用メインバッテリーを載せて打ち上げることになっており、このような大きな物資を輸送できるのは日本だけなんです。各国からも高い評価をいただいています」

文部科学省は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)を研究開発機関に持ち、研究開発に加えて教育・人材育成を担当する。
「関係省庁の協力体制もあり、準天頂衛星の利活用の幅は今まさに広がりつつあります。しかし、これらのデータを様々な分野に活用できる人材の育成はまだ不十分です。文部科学省としては、さらにその裾野を広げていくための人材育成にも力を入れているところです。日本の宇宙技術は海外からも注目されており、多くの国々から意見交換や協力要請の声をいただきます。アジアにおける宇宙先進国として、国際社会での日本のプレゼンスを上げていきたいと考えています」