2013年9月、ブエノスアイレスで開かれたIOC(国際オリンピック委員会)総会で、東京が2020年のオリンピック・パラリンピック開催都市に選ばれた。1964年の東京オリンピック開催から56年ぶりの東京開催。決定に至るまでには、開催都市・東京都と招致委員会による招致活動の一方で、文部科学省や外務省など政府も一丸となっての支援活動があった。

  • 1993年文部省(現文部科学省)へ入省以来、日本の教育・文化の振興に従事。2013年4月にスポーツ・青少年局体育官に着任し、東京都のオリンピック招致活動に対する協力・支援活動をおこなう。その後、2014年4月に文部科学省に設置された「オリンピック・パラリンピック室」では室長に就任。
  • 1987年外務省に入省。当時は、大臣官房人物交流室の室長としてオリンピックの招致活動をバックアップ。各国の日本大使館や領事館と連携した情報収集や、日本のスポーツ国際貢献プログラムの立ち上げなど、招致成功に向けた様々な支援策を文部科学省と連携し進めていった。
  • 「オリンピックの仕事がしたい」という想いを胸に2012年文部科学省に入省。スポーツ・青少年局競技スポーツ課国際スポーツ室配属となり、念願かなって招致活動にも携わる。現在は内閣官房に置かれた各省庁にまたがる大規模事業の取りまとめをおこなう部署で、大会運営に向けた準備を進めている。

内閣官房 新国立競技場の整備計画
再検討推進室 参事官
1993年文部省(現文部科学省)へ入省以来、日本の教育・文化の振興に従事。2013年4月にスポーツ・青少年局体育官に着任し、東京都のオリンピック招致活動に対する協力・支援活動をおこなう。その後、2014年4月に文部科学省に設置された「オリンピック・パラリンピック室」では室長に就任。

外務省 総合外交政策局
人権人道課長
1987年外務省に入省。当時は、大臣官房人物交流室の室長としてオリンピックの招致活動をバックアップ。各国の日本大使館や領事館と連携した情報収集や、日本のスポーツ国際貢献プログラムの立ち上げなど、招致成功に向けた様々な支援策を文部科学省と連携し進めていった。

内閣官房 東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局 主査 「オリンピックの仕事がしたい」という想いを胸に2012年文部科学省に入省。スポーツ・青少年局競技スポーツ課国際スポーツ室配属となり、念願かなって招致活動にも携わる。現在は内閣官房に置かれた各省庁にまたがる大規模事業の取りまとめをおこなう部署で、大会運営に向けた準備を進めている。

2020年、オリンピック・パラリンピック競技大会が東京にやってくる。この56年ぶりの大行事に期待されているのは、単に経済的な効果だけではない。このビッグイベントが、一人ひとりの人生を豊かにするきっかけになれば…。そんな想いを持って、この大会実現のために力を尽くしてきた人たちがいる。
「たとえば、2020年のオリンピック・パラリンピック開催をきっかけに、英語を勉強しようとか、ボランティアに携わろうとか、スポーツをやってみようという人が増えていくといいなと思うんです。形に見えないものではありますが、一人ひとりの人生、一人ひとりの心にオリンピック・パラリンピックが何かよい影響を残していくことを期待しています」
そう語るのは、文部科学省で招致活動支援に参加し、オリンピック・パラリンピック室の室長を務めた、浅野敦行だ。

今回、パラリンピック大会が同時開催されることにも大きな意味がある。日本は欧米に比べて、障がい者のスポーツ参加人口が少ない。そこで浅野は、2020年の東京大会を更なるバリアフリー社会形成のきっかけにしたい、と考えている。
「障がいをもつ方々と一緒にスポーツをしたり、障がいのある方のことをもっと理解するような、ハード面にとどまらない、ソフト面での、心のバリアフリーを進めていけたらいいなと思っています。経済効果も大事ですが、オリンピックを通じて社会全体の価値観や考え方がより良い方向に変わっていくことが何より大切なんです」

1964年の東京オリンピック大会開催時には、新幹線や首都高速道路・モノレールなど、今の日本を支える様々な社会インフラが急速に発展した。世界中から観光客を受け入れるために、大型の高級ホテル建設が進み、戦後の日本にはまだなかった公共マナーに対する意識が定着していったのもこの頃だ。今では常識となっているナイフとフォークの習慣も、この時がきっかけとなったという。この東京オリンピックがなければ、今のような経済成長はなかったと言われている。
「2020年は、幸いにも社会インフラの整った成熟国家での開催になります。1964年時には主に、形に残るインフラが整備されました。それに対し今回は、人々の意識や価値観・文化といった“形には残らない遺産(レガシー)”に注力し、環境整備に取り組んでいます。オリンピック・パラリンピックが東京に来ることで、日本社会が変わったと言われるような大会にしていきたいですね」

「招致活動をおこなうのは、開催都市である東京都とJOC(日本オリンピック委員会)が中心となって組織された招致委員会です。IOCの規定で、政府は直接招致活動に関与することができません。しかし今回、今度こそオリンピック・パラリンピックを実現させようと、政府も一丸となってオールジャパンの協力体制をつくり、招致活動のバックアップをおこなうことになったんです」 オリンピック・パラリンピックの主管官庁は文部科学省だが、各国IOC委員の投票で開催都市が決定する招致活動においては、国際プロモーションが大きなカギを握る。世界に向けて東京をPRするためにも、外務省との連携なしでは成しえなかった、と浅野は言う。浅野は2002年から3年間、外務省に出向しロンドンにある在英国日本大使館で勤務していた経歴を持つ。ちょうどその頃、ロンドンでは2012年オリンピック大会の開催立候補都市として、招致活動の真っ只中だった。他国の活動を目の当たりにしてきた浅野だからこそ、生かされた知見もあったのではないだろうか。

「大使館在勤時には、まさか10年後に自分が招致活動に深く関わることになるなんて思いもしませんでした。私は他にも、海外文化財の修復協力などの業務を通じて、外務省と密接にやり取りをしてきたので、お互いを理解し合えていたことは大きかったですね。招致活動で息のあったチームプレイができたのは、これまでの経験があったからだと思います」

浅野とともに招致活動に尽力し、当時、外務省で人物交流室長を務めていた中田昌宏にも、当時の様子を聞いた。留学生やスポーツ交流などの業務をおこなう人物交流室は、招致活動が始まると徐々に、オリンピック招致業務の比重が増えていったのだという。
「外務省には、様々な国際プロモーションのノウハウがあります。しかしオリンピックの招致活動では、決められた公式の場以外で政府が直接IOC委員に接触することは厳しく禁じられているんです。これまでの活動ノウハウが使えない中で、私たちは何をやるべきなのか、できることは何なのか、本当に手探りの状態からスタートしました」

何とか東京をアピールしようと様々な方面に情報を収集する中で、中田たちがたどり着いたのは、直接接触することはできなくても、とにかくIOC委員に「日本がスポーツを大切にしている」というイメージを持ってもらうという方法だった。さらには様々な関係機関の協力を得ながら、日本のスポーツ界の現状や東京の文化・魅力をまとめたVTRを制作。世界に向けて発信することで招致活動のバックアップをおこなった。

オールジャパンで進めていった招致活動。しかし、活動を進める中で聞こえてきたのは、東京は“How”は強いが、“Why”の部分が弱いということだった。大都市、東京には十分な国際大会運営のノウハウがある。しかし、東京で開催しなければいけない必然性、「大義」の部分が弱いのだという。そこで、文部科学省・外務省が連携し徹底的に議論を重ねたどり着いたのが、スポーツ分野における国際貢献策である。政府はこのメッセージを強く打ち出し、IOC委員全員へ直接アプローチできるプレゼンテーションの場で、安倍総理、麻生副総理に演説してもらった。 「日本はこれまでも、開発途上国をはじめとした世界各地でスポーツ関連施設の整備や器材供与・指導者の派遣・技術協力などをおこなってきました。スポーツ指導に関して、これだけ国際的に貢献している国はありません。日本の強みは、自分たちのためだけにスポーツ振興をしてきたのでなく、世界の人たちの競技力アップ、一般の人にスポーツをやるチャンスを提供してきたということです。この取組をさらに強化し、日本がスポーツの価値を世界中に広めていく姿勢をアピールしました」

この国際貢献策は『Sport for Tomorrowプログラム』と名付けられ、官民連携した運営委員会によって進められることとなった。2020年までに100か国・1000万人以上を対象にした支援活動を目指し、各国で実施されている。
「2020年大会に向けた招致活動では、招致委員会や政府関係者のみならず、スポーツ界・経済界・芸能界に至るまで様々な方の協力がありました。誰か一人の力ではなく、オールジャパンで取り組んだことが、大きな力になったのではないでしょうか」
招致決定の瞬間、中田はサポートスタッフとしてブエノスアイレスのホテルでその様子を見守っていたという。招致決定の直後は、各方面への対応で慌ただしく、喜びを噛みしめる暇もなかったが、帰国の機内で流れた日本の招致決定のニュースで、たくさんの人が祝い喜んでくれている姿を見た時にようやく実感が湧き、本当にうれしかったと中田は当時を振り返った。

招致は成功したが、これで終わりではない。2020年開催に向けて内閣官房の専任部署で大会準備に奮闘している一人、渋谷雄輝にも話を聞いた。渋谷が所属している『内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局』は、2020年大会の成功に向けて、各省庁をまたがって進められる大規模な施策や事業の総合調整機能を担っている。
「オリンピック・パラリンピック開催を機に、日本に多くの外国人旅行客が訪れます。空港の機能強化に加え、公共施設や交通機関などの多言語対応や、英語表記とローマ字表示の統一など、国土交通省等の関係省庁や東京都において受入環境の整備が進められています。また、世界の注目が集まるオリンピックは、セキュリティやテロ対策も大きな課題の一つです。重要施設の警備やHPへの不正アクセス、サイバー攻撃対策など、内閣サイバーセキュリティセンターや警察庁等を中心に体制を強化しています」

さらに、2020年大会が、障がいの有無に関わらずすべての人が楽しめる大会となるよう、バリアフリー化も重要な課題となっている。東京都と組織委員会、また関係行政機関・団体とともに『Tokyo2020アクセシビリティ・ガイドライン』を策定し、関係施設の設備設計や大会運営に反映させていく。
「バリアフリー化は、段差をなくすことはもちろんですが、エレベーターを車椅子が入れるサイズにするなど、様々な観点から対応していくことが重要です。競技会場では車椅子の方が普通席で観覧すると、前の人が立った時に見えにくくなってしまう。そこで、車椅子専用の観覧スペースを設けることも考えていく必要があります。アクセシビリティとは、障がいの有無に関わらず、すべての人にとって便利で使いやすく、アクセス可能な状態であること。

大会開催までに、できるだけ多くの施設で実現させていきたいですね。この大会が、日本のバリアフリーに対する意識を高めるきっかけになるように、事務局としても取組を進めていきます」

オリンピック・パラリンピック大会開催に向けて着々と準備が進む今、招致活動支援に力を注いだ浅野はどんな思いでいるだろうか。
「2020年大会の招致はオールジャパンで取り組み、勝ち得たものです。だからこそ、東京だけではなく、日本全国でその効果を享受できるようにしなくてはいけない。これから、さらに力を入れて取り組んでいくべき課題です」
今後、各省庁・民間企業・団体やアーティストとも連携し、日本全国でオリンピック・パラリンピック教育や、大会と併せて開催される文化プログラムの準備も続々と進められていく。子どもからお年寄りまで、みんながオリンピック・パラリンピックに参加し、心と未来に何かを残せる大会になるように。多くの人の想いを乗せて、2020年を迎えようとしている。